2008年6月15日
《 白猫のタンゴ〜♪(14) 「ダッシュ」・の正体 》
(みぃ〜)の様子がちょっとおかしい。
一回り小さくなったように見える。相変わらず私を見ると、待ってましとばかり小躍りして近づいてきて、”ミャアア〜オと”言いながら、口端をこすり付けてくる。で、私はひとしきり撫でて、ご飯をあげる。
ここまではいつものパターンで、「ダッシュ」が最初から一緒の時もあれば、食べ物を出した頃、どこからかやって来ることもある。
仲良しだった筈なのに、最近の(みぃ〜)は「ダッシュ」の顔を見ると、食べずにさぁ〜っとどこかに消えてしまうようになった。折角あげたのに、、、どうしたの?と呼んでみても、振り返らない。
「ダッシュ」はといえば、嬉しそうに独り占めして、全部食べている。
でも「ダッシュ」と喧嘩したのは見たことがない。おかしいな?
一抹の疑惑がかすめた。そしてそれは残念ながら的中した。
二匹が一緒に近づいてきた時のこと、食べ物を前にして、「ダッシュ」が上半身をぶつけて(みぃ〜)を払いのけた。
(みぃ〜)は抵抗もせず淋しそうにトボトボ行ってしまった。
最近、やさしい(みぃ〜)をイジメるようになったのだ。きっと。そうに違いない。
今やどこから見ても「ダッシュ」の方が、若さといい身体といい強そうだ。
でもです、”ここまで大きくしてもらったのは一体誰のお陰なの!(みぃ〜)さまをないがしろにしたら承知しないぞ〜!” と心で叫びながら、私は意地悪して食べ物を隠してしまった。
しばらくしてそっとドアを開けて見ると、じ〜と座って待っている。目が合うと、視線を落としてしおらしく見える。結局あげてしまった、馬鹿な私です。(反省)。
その上3日前のことだった。部屋を出ると右横に小さな庭がある、そこにハエが数匹飛んでいた。ふと見ると、ナント!小さなやっと毛が生えたような(トラ模様の)赤ちゃん猫の死体があったのです。
この辺の野良猫は避妊しているのに、どうしてこんな所に?不思議に思ったが、どこかの親猫が根城を移動する時、落としてしまったのかな〜?と思い、気持ち悪かったが、私がするしかない、と 意を決してちり取りですくって片付けた。”今度生まれた時はまっとうできるようにね。”と祈りながら・・・。
そして昨日のこと、ドアを開けたら、 また今度は小さな鼠の赤ちゃんの死体が! ”Gゲェっ〜何なのよ、ウッソでしょう、” もうビックリです。それもよく見ると「ダッシュ」が、転がしたりくわえたりして遊んでいたのです。
「ダッシュ」、君の仕業だね、赤ちゃん猫も!、
どこからか咥えて来たのだ、可哀そうに。もうやってらんない!「ダッシュ」とは!。
こうなったら何とか(みぃ〜)とだけ、仲良く出来ないものか。どうすればいいのか?ずうずうしい「ダッシュ」メェ! ンも〜う悩んでしまう・・・・。
大きな身体になって、おまけに毛艶も良い「ダッシュ」
一回り身体が小さくなった骨っぽい(みぃ〜)
今日は(みぃ〜)を見かけなかった。 う〜ん。
2008年6月3日
《 白猫のタンゴ〜♪(13) 移り行く・・・・季節 》
(みぃ〜)と出会って、早いものでもう一年二ヶ月になる。
その間、半年くらいして「ダッシュ」が現れたが、相変わらず二匹は仲良く元気でやっている。洗濯機の上を拠点のひとつにしているが、気に入っているようで、殆どどちらかが陣取っている。
おかげで洗濯は居なくなったわずかな間隙をぬってしなければならない。
(みぃ〜)がいる時は、「ダッシュ」は遠慮して、(みぃ〜)の動向がわかる範囲のどこかに身を潜めている。反対に「ダッシュ」の時も同じだ。
そして私の出入りも彼らにはお見通しになるわけです。
食事も一つのお皿に盛っているが、どちらが先に食べても、必ず半分は残して後を譲っている。いや、ごく稀に「ダッシュ」は全部食べてしまったことがあったが
そんな時も、(みぃ〜)は怒るでもなく、気にしてない顔をしている。(なかなか出来ないことだ)
と言うわけで、まだ一度も喧嘩をしたのを見たことがない。身を寄せ合うようにいつも一緒だ。気遣い、頼り合いして離れようとしない。よほど気が合うのか。
たまに入り口を出た所で二匹と遊んでいると、通りがかりのご近所さんが”この白猫ちゃんたちいつも一緒にいるのねぇ〜”と言てって立ち止まる。
この辺では今や、このコンビ!有名らしい。
いつしか〜季節が移り行くように・・・・この一年で小さなこの猫社会も、少しづつ状況が変わってきた。
前は身を護るため、必死に周りを気配っていたが、今では(みぃ〜)も「ダッシュ」ものびのびと身体を伸ばしている。
いつの間にか二匹を脅かす輩は居なくなってしまったのだ。
隈どり目の猫も、ピッタっと姿を消してしまったし、身体の大きいイケメン猫、十兵衛も、急にやつれて老け込んでしまった。どこか具合が悪いのかもしれない。
今日も塀の上でじ〜っと座っていたので、久しぶりに声を掛けてみたが、目を固くつぶったまま開けようとはしなかった。しばらくしてそこを離れたが、後姿など哀愁が一杯だ。
他にも何匹か見かけたこともあったが、最近ではまったくと言っていいほどない。
Yei ・白猫(みぃ〜&ダッシュ)天国だぁ〜い!
来年の今頃はどうなっていのるか判らないが、今、しばらくは安泰そうだ。
招き猫もあるくらいだから、猫は縁起は良いと思う。考えてみたら、彼らと出会ってから、確かに良いことが起きている♪。
2008年5月26日
《 ずっと鳴ってる・・・シグナル★ 》
5月に入って大きな災害が二つ、2日にミャンマー大型サイクロン、12日には中国四川に大地震が発生した。日本にも特に東京はいつ地震が起きてもおかしくない、と言われてる。
自然の力は凄い!改めて思い知らされる。人間が自然を侵し続けるかぎり、いつか人類は吹っ飛んでしまうだろう。
中国はハッキリ発表しないが、核関連物質が15個埋まったままで確認できず、被害の状況は藪の中。
自然の前では人間は無力、核を持ってる国は逆に自らの国を破壊することになってしまうのでは?と思う。
今も世界の40数箇所で戦争が行われている。
誰かが言っていた。
まず第一に世界平和、第二に自国の利益であれば、世界は変わる、と。
確かにそうなれば戦争も起きないし、環境汚染も減少するように思う。
人生は誰人も100年生きられれば凄い、それくらい儚い。
どんなに隆盛を誇っいても決していつまでも続かない。これも自然の条理。栄枯盛衰、世のつね人の常。
だから、自国の利益を一番に考えて争い合う姿(戦争)は虚しい。
世界が平和でなければ、自国だけ平和などあり得ない。
そしてこれ以上に発展しなくてもいい。大事なものを失うのと引き換えなんだ、と判ってきた。
22世紀は存在するのだろうか?
とに角、自分はせめて人にやさしい人間になりたい。自分のためにもそうしなければ。

2008年5月18日
《 ; 映画 * THE BUCKET LIST ; 》
個室を扱わない二人部屋の病室で、たまたま隣同士になった縁で、およそ正反対の性格、環境、生きざまの二人が、徐々にかけがえのない友人に変わっていく。(一方の男がこの病院の持ち主、)
その余命、半年の初老の男、二人が、棺おけに入る前に、やりたいこと、見たいもの、体験したいことのリストを書き出し、それを思いつくまま実行する。その結果、本当に大事なものは何かを知る、やがて旅立って行く、、。
途中、二つの問いかけがある、”今迄生きてきた人生は幸せだったか?”
”人を幸せにしてきたか?”と言ったようなことを。
自分に置き換えて考えてみた〜。
当たり前の努力だけで、今迄生きてこれたことに、
”感謝のひとことです” とまず声を大にして言いたい。
その後もう一度今の状態や過去を振り返ってみると、これで良かったとは思っていない反省や後悔もある。
”もう一度やり直せたらいいのにな〜ぁ”、 相反するけど、そう思うのも本心だった。
人を幸せにしてきたか?と言われると、どうなんだろう、、、?
心がけるようにしていきたいと思う。
いくつになっても遅いということはない、その気になれば何でも出来る。やり直せる!。だれもが死と隣り合わせ、あっという間の人生だ。
変な概念を捨てて、やりたいことをやるリストを作り、、一つずつやり遂げていけばいい。意味のある人生とは、その勇気があるかないかだけのこと。
そんなことを言っている映画だった。
努力次第で実現出来そうなことを、とりあえず一つリストに書いてみよう。そしてあまり好きではない努力をして、目指してみることにした。
結果がどうあろうと満足出来たら、また次を書こう。
大事のものは何なのか見つかるだろうか?今、思うことと一緒だろうか?
前を向かせてくれる映画でした♪

2008年4月27日
《 目の前に、天皇陛下と皇后さまが・・! 》
夢を見たのか、って? いえ、いえ。
たまたま車が通りかかったんでしょう、って? NO!違いま〜っす。
座席で本を読んでいたら、ざわざわ騒がしい気配を感じたので、目を上げたら
ナント、1メートル半先にいらっしゃる、,暖かな笑みを浮かべた両陛下が、視界に飛び込んできたのです。 wう〜わぁ、どうしたの、何? あまりの突然な出来事に、しばらくは何が起きたのか、思考回路がおかしくなりました。
22日、日本国際賞授賞式が国立劇場で行われた。
関係者の友人に誘われて、一人で行ったのですが、勿論、両陛下がご臨席されているのは知っていました。
この賞は、世界の科学技術の進歩に寄与、貢献した人に送られる賞で、今年は外国人が情報通信で二人、遺伝医学で一人受賞された。
日本のノーベル賞だ。副賞に金5000万円。
壇上には、受賞されるご夫妻や、日本の偉い科学技術の先生方、政界から河野洋平さん等何人か、そして前列やや中央右に両陛下が座られた。
式次第はおごそかにとり行われ、授賞式が終わり、芸大オーケストラーによる演奏会に入る前に、しばらく休憩になった。
私の席は三階の少し左寄りで二列目。二階と三階の区切りは人、ひとりが通れるくらいの細い通路だった。
私は読みかけの本を取り出し、丁度おもしろいところなので、夢中になって読みはじめた。
そして突然、事件はおきたのです。
お二人が、左側から入って来られたようで、まさに目の前の細い通路を左右の客席に挨拶しながら歩かれていた時だったのです。
数列先の二階の貴賓席に御着席されるための移動で、 前後に何人ものSPがついていましたが、なんせ一人くらいしか通れない通路。で、恐れ多くも間近で拝顔させていただけたのです。 感激でした〜☆
さすがに今日は違うな〜と思ったのは、服装が皆さん素晴らしかったこと。訪問着を着た女性も結構いて、男性もタキシード姿の人がチラホラ目につきました。
(そういえば、終わったあと会場を移し、関係者でパーティーが執り行なわれると、友人が言っていた)
なのに私の周りでは優雅な人のなかに、明らかに雰囲気が違う人が何人かいた。
たとえば私の前の席の男性、顔つきが鋭くキョロキョロしていて、服装も何か場違いな感じ、とおりを隔てた右横の黒っぽいスーツを着た若い女性も、やはり落ち着きがなく違和感を感じた
後で友人から聞いた話では、警察官が5メートルごとに配置されていたようだ。特に私の席、近辺は要注意になるのでしょうか、変な人(私服の警察官)がいたのは、当然のことと納得しました。
壇上で微動だにせず着席していらっしゃった両陛下、本当に大変なことです。
知らず知らず殊勝な気持ちになってしまいました。そして、今迄よりずっと距離が縮まったような感じがいたします。いつまでもお元気で、お幸せでいらっしゃいますよう、心から願う私でした。

2008年4月19日
《 若さとは・・・強さ、温かさ。 そして前しか見ないことか、、。 》
「人と会うは幸せ! ーわが[芸界秘録]50−」
この本を出版したばかりの,知人「嶋田親一」さんの、”出版を祝う会”が先週の日曜日に催された。
嶋田さんは、ラジオ、テレビ、演劇とたずさわってきた方で、オン歳、76歳。
たくさんの出会いの中での50人のエピソードが記されている。
その会というのが、よく出来ていて、普通の会とは一線を画していた。
会場が驚きなら、時間も凄い。そしてご本人も。
で、会場は、演劇人が戦前からずっと贔屓にしていると言われてる、新宿で有名な酒処”千草。 一階、と二階があって、6、70人は座れるだろうか?そこを借り切っての意外性。
時間が午後1時〜11時。 たとえ何があっても、好きな時間に来れるようになっている。
入ってきたら、皆、一言スピーチをする。和気藹々。来ている方の平均年齢は少し高めかな。
ご本人が、人に温かく、囲えがない人柄 (ホント羨ましい) がにじみ出ている。あちこち動いて、誰とも均等に話している姿が、実に雰囲気、持っている。
そして私も交わした、その時のやりとりが、胸に、結構、来てしまった。
”お元気そうで、今日は沢山の方がいらっしゃって、凄いですねぇ”
と言う私に、前略で要約すれば
”待っていても、何も来ないからね。自分が動かなければ。仕掛けなければ。前しか見ない、後ろはどうでもいい。”
深いことばだ。76歳の人は、未だ自動体なのだ。私に”人生は勇気だよ”と教えてくれてる。見透かされてる。(ぅw〜っw)
今日の企画、構成、演出は、誰あろう、彼自身だと言う。普通ならテレてしまいそうだ、、、。それを、人が好きで人と会うのが愉しいから、と言っていた。
積極性、囲えをとっぱらってる強さ、この人は生きているのが、きっと幸せなんだろうな〜と思った。
今日、集った人それぞれが、何かを感じとられたのでは、と思う。私のように。
くだらないコダワリを捨て、心を広く持たないと人生つまらない。ホント、、いいかげん、強くならなければ!
その日、私が頂いたもの、でした〜☆

2008年4月14日 (12)
《 白猫のタンゴ 春〜来る ♪ 》
いつの間にか、スライドするように、「みぃ〜」の居場所を(ダッシュ)が占める
ようになった。洗濯機の上を住みかにして(寒くないようにと、小さなマットを置いた)、一日の大半を過ごす「ダッシュ」。まるで出会った頃の(みぃ〜)だ。
ただ、ちょっと違うのは、「みぃ〜」 は顔を見たらすぐ降りて来る、忠誠心というものを見せてくれる。(ご立派)、「ダッシュ」は絶対に降りてこない。
手を差し出しても怖がる、ビビリちゃんだ。どころか、バッタリ外で出会っても、
wわ〜っとばかり逃げていく、お馬鹿さんなのだ。
イヤ、お馬鹿さんはわたしかも?・・・。
だから、いつも、気にとめてないふりをして、食事だけそっと置いていく。
そして賢い(みぃ〜)の方はと言えば、定期的に一日に一度、顔を見せてれるだけになってしまった。それでも近くの通りで名前を呼べば、近辺にいる時は、どこからともなく出て来てくれる。
「ダッシュ」にここを譲ったのだ、きっと。「みぃ〜」なら、それ位やりそうだ!。
大家さんも言っていた。”あの猫は本当に賢いわね〜ぇ、私が出かける時、ちゃんと送ってくれるのよ。)って。 喜んでいた私は何なんだぁ〜。
過って、一度だけ「みぃ〜」がドアの中に入ったことがある。(いつもは半分だけ)
ドアをそっと閉めてみた。
最悪の場合こっそり飼ってもいいかな、などと思いながら。ところが、だった。
あの「みぃ〜」が閉まったドアを見て、迫力の形相で私を睨みつけたのだ。
そして開けろとばかり鳴いた。穏やかなところが可愛いい「みぃ〜」が、あんなにパニックった姿を見せたのは初めてだった
。
思うに、自由な世界から遮断され、押し込められた、そんな閉所恐怖に襲われたのか?
野良ちゃんが飼い猫になる場合も確かにある。でも殆どの野良ちゃんは、野良のままがいいのでは、と思う。たとえ危険と隣り合わせでも、自由気ままに生きるのが信条なんでしょう。
いわんや誰人をもコロっと参らせる「みぃ〜」さま、のことだ。
部屋に入りたがってるなどと、ず〜と思っていた私は、とんだ勘違いでありました。
さっき帰ってきたら、洗濯機の上の「ダッシュ」が起き上がった。ちらっと横目で見ると顔が丸くなっていた。いつの間にぃ。身体もふっくらしてきたみたい。陽気も暖かくなって、調子が良さそうだ。

2008年3月11日
《 白猫のタンゴ (11) 「ダッシュ」の試練 》
今年は四年に一度のうるう年、その29日の日だった。
「みぃ〜」にご飯をあげようとドアを開けたとき、
寒いのかうずくまるようにして待っている 「みぃ〜」の、その前を突然一匹の白猫がさ〜っと通り抜けた。
”エッー!?” 後姿は(しっぽ)見覚えのある 「ダッシュ」ではないか・・?。
「ダ〜ッシュ!・ダッシュ」私の呼び声に一瞬からだが止まったように見えたが、あっという間に消えてしまった。
「ダッシュ」は元気でいたんだ!
でも姿を見せてどうして逃げたんだろう? それに食事にも目をくれず・・・
そういえばお腹はどうだったっけ? う〜〜ん見てなかったし・・・
疑問は膨らむばかりだったが、取り合えず生きていることがわかって安心した。
翌日、来てくれるのでは〜と期待していたが、来なかった。その次の日も、また次の日も。
どうしちゃったんだろう?と思っても、気まぐれ野良ちゃんのこと、これっきりかも知れないし、それはそれで・・・・・しかたがない。
「ダッシュ」がチラリ姿を見せて一週間が過ぎたころ,、スーパーに行く途中バッタリ大家さんに出会った。
「いつまでも寒いですねぇ」 と大家さん。
私が「ホントですね〜」 と言って次の言葉を言おうとした時、突然大家さんが
「ああ、そうそうもう安心ですよ、あの猫ちゃん避妊しましたから」
とっさに大家さんの言ってる意味が判らなくて、ポカ〜ンとしてしまったが、
「えっ、「ダッシュ」?いえ白猫ですか?」 殆ど反射的に口をついて出た。
「そう、あの猫ちゃん人になつかないでしょう、だから動物愛護の人に来てもらって私が避妊してきたんですよ。」
「お腹大きくなかったですか、妊娠してませんでした?」
この一番大事な私の問いに、何故か大家さんは答えず
「まあそんなわけなので、良かったですよ。では〜」
そうか、「ダッシュ」のあの変わりようは・・・これで私も読めた。
いつ、いかなる方法で事が運ばれたのかは、私には知る由もないが、大事なお腹の中の子供を取られ、避妊された悲しみというか、辛さを 「ダッシュ」は味わっていたのかも知れない。
私を避けたのも多分その為、人間不信からか?
おいおい、それはないだろう、私は何もしてないぞ!
いえいえ、「ダッシュ」よ、君がこれから生きてくためには、これで良かったんだよ!
たとえ二度と会えなくなってもいい、避妊して君が少しでも幸せで長生きしてくれれば・・・。
もう「ダッシュ」とは会えないかもしれない、そんな気持ちになり始めた時です、何と!時間というものは素晴らしいものなのです。
「ダッシュ」が辛さも少しずつ洗い流されたのか、昨日部屋の前で「みぃ〜」と遊んでいたら、何日ぶりでしょうか、向かいの塀からおずおず(ダッシュ)が近づいてきたのです。
気のせいか、身体が一回り小さくなったような・・・・
すごく警戒しているのが判るので、私はわざと無視していました。すると私の後ろの方に回り込み、そ〜っと隠れるようにして座ったのです。
しばらくしてから ”「ダッシュ」” 前をみたままそっと声をかけてみた。
もう逃げなかった。じ〜っとおとなしく座っている。
横に「みぃ〜」後ろに「ダッシュ」
私もそうだけど、君たちも気まぐれだから、これからどうなるんだろうネぇ〜。

2008年2月14日
《 白猫のタンゴ ] 「ダッシュ」の行方 》
雪が降った9日の前日、いつものようにやって来た 「ダッシュ」、あれから今日で6日目になるが、それっきり来なくなってしまった。
「ダッシュ」にとって食の主要地であるここに、姿を見せないのは、あきらかに何かあったのだ。
「みぃ〜」は、と言えば雪の翌日から毎日顔を見せている。
夜、帰って来て部屋の近くに来たら、 「みぃ〜」と歩きながら呼びかけると、目の前にさ〜と現れる。どこから出て来たのかといつも思うが、まるで魔法のようだ。
一緒に部屋の前まで行き、少し遊んだ後ご飯をあげると、待ってましたとばかり脇目もふらず食べ始める。その姿をあらためて見ていると、もしかして「みぃ〜」は自分はどこでも食べられるから、と 今まで 「ダッシュ」に譲っていたのでは?、ナンカそんなふうに思えてくる。
姿が見えない 「ダッシュ」のいろいろな事情を 「みぃ〜」なら知っている筈だ。
「みぃ〜」よ、「ダッシュ」はどこに行ったの?何してるの?食べてる?」
お母さんになっているのか、何か不幸なことがあったのか、聞いても返事が返ってくるはずも無いが、、、あまりに寒いこの季節だから、人になつかない「ダッシュ」だから、なおのこと気になる。
いつかは判るのだろうか・・?・・・・。

2008年2月9日
《 白猫のタンゴ H 晴天のヘキレキ 》
困った、こまった、どうしよ〜う、でもどうにもならない・・・・。
三日前のこと、私が自宅の近くまで帰って来ると、どこからともなく「ダッシュ」が現れた。私を部屋まで先導するかのように先を走っていたが、ドアの近くまで来て、突然ゴロニャンとお腹を見せて寝転がり、コロコロ左右に寝返りをうち始めた。
「みぃ〜」もよくする仕草なので、横目で見やりながら通り過ぎ、何かあげなければと、急ぎドアに鍵を差しこんだ。
そして開けようとして、”待てよ!” と手が止まった。
たった今、見たばかりの寝転がった「ダッシュ」のある残像が、どアップで蘇ってきたのです。おっぱいが、乳首が、6つだったか8つだったか、赤茶色ではっきりくっきり生々しく瞼に張り付いたのです。
それは一瞬で捉えたカットだった、通り過ぎる時はさ〜っと流れていったのに、、、。
えっ?もしかして? 私は急いで「ダッシュ」の方に振り返った。
起き上がって歩いてくる姿を横から見ると、やはり! 小さな顔には不似合いなポッテリしたお腹!。
どうして今まで気ずかなかったんだろう・・・・。
それにしても〜、私には思い当たることがあるのです。
それも二つ、どこかで恐れていたというか・・・・。
一つは出来事として書こうかと思ったこともあったが、どうにもイヤな思いでまた機会があればくらいで、封印するつもりでいたが〜
12月に入った頃だったと思います。
夜おそくドア越しに「ダッシュ」の声が聞こえた。そういえば珍しく朝、来てなかったのでお腹が空いてるのかな〜と思い、ドライフードを少しお皿に入れていたら (その間わずか)”wギャッ!”と凄い一吼えが聞こえた。
”何て声だすの、催促?今あげるから”と思いながらドアを開けると、居ない。
えっ今 ”wギャ〜ッ”と叫んだくせにどこに行ったの?、ンもぅ〜と辺りをキョロキョロ見渡したが、シ〜ンと静まり返って「ダッシュ」の姿は見えない。
キョトンとした気分で半開きにしていたドアを閉めた。
動物の勘で判るだろうに、あの「ダッシュ」が食べ物をもらえる寸前で姿を消すなんて、あり得な〜い。
腑に落ちないのでもう一度ドアを開けて辺りを見た。シ〜ン、やっぱり居ない。
?の思いから諦めきれなかった私は、無意識にドアをいつもの60度ではなく全開(180度)にしていた。そして目に飛び込んで来たのは・・・・
Gげぇ!ナント息をひそめた「ダッシュ」がそこにいた。
ドアでさえぎられて見えなかっだけなのです。
そしてそれはあまりに情けない痛々しい姿だった。「ダッシュ」の上にもう一匹、白猫が乗っかかっていた。それもあの目から鼻にかけて赤い隈取のあるこわ〜い顔をした不快なあの猫が。
お腹を空かして無邪気にやって来た「ダッシュ」目がけて、一瞬のうちに襲い掛かったのだろう。 私はその時「ダッシュ」と目が合ってしまった。ww〜wっ。
イヤなものを見た、払いのけたい一心で急いでドアを閉めた。
よりによってあんな汚い猫に、(怒・哀・燐)・・・・生きるってことは、「ダッシュ」大変だよね〜え。もぅ〜疲れたような、やり切れない気持になってしまった。
以来、憎〜いその隈取猫は、二度と姿を見せなくなった。
その結果なの〜★か?
それともう一つの思い当たること・・・・。
ご隠居さんが猫談議の中で言っていたこと、
”野良猫をその人は全部、避妊したんたけどね、一匹だけどうしても出来なかったのがいたそうだよ”
確かにそう言ったのです。
その一匹とは、「ダッシュ」君だったのか?
一昨日も昨日も、来るたびに視線はお腹に行ってしまうのだが、どんどん大きくなっているような気がする。
今晩は雪が降っている。凍てつくような寒さだ。
「みぃ〜」も「ダッシュ」もどこで寒さをしのいでいるのだろうか?。身重の「ダッシュ」にはきついだろう・・・・・
こんな日は二匹とも来ない。この前の雪の日も来なかった。

2008年2月3日
《 白猫のタンゴ [ ☆魔性の猫 〜? 》
「みぃ〜」と「ダッシュ」のご飯を買いに、近所のチェーン薬局に立ち寄った時のこと、売り場に向かって歩いて行くと、キャッツ・フードを並べたコーナーで、棚を見あげて腕組している人がいた。
よく見ると、あの猫チャン談義をしたご隠居さんだった。ちょっと驚いたが、声をかけてみた。
「こんにちは、お元気ですか?」 と言って軽く肩にふれると、ご隠居もビックリしたようで
「おぁあ〜、こんなところで会うとは」 と言いながら照れくさそうな顔で笑った。
「いやねぇホラ公園の猫チャン、可愛いい猫チャンがいるんだよ」
「みぃ〜」のことだなぁ、とすぐ思ったが、
「あ〜ぁ例の白猫ですか?」 と探ってみた。
「そうそう白猫、ちゃっと尻尾があれな猫なんだけど・・・ご飯をあげようと思って買いに来たんだよねっ」
やっぱりそうか、それにしても同じ猫にあげる食料を、こうして二人が買いに来て鉢合わせするなんて、殆ど喜劇?なんて気もしないではないが、幸いにご隠居さんはそこんところを知らない。
どちらに住んでるのと聞かれた時、とっさに嘘をついて、住まいよりちょっと先の方向を言ってしまったのだ。私が「みぃ〜」に出会う筈のない場所を。
私は手早くいつも買うキャッツフードのドライと缶詰をかごに入れ、どれにしようか迷ってるご隠居と別れた。
いつも二匹セットでやって来たのに、この頃はたまに「ダッシュ」だけの時がある。
思うに世渡り上手な 「みぃ〜」は食い扶ちを何軒かキープしてあるのだろう。満腹なら来ない時もあるし、「ダッシュ」と一緒の時も贅沢になったように思う、気に入らないのか食べない時があるからだ。
その点 「ダッシュ」は、警戒心が強く世渡り下手なのだろう、食べ物に与らない時もあるのか、実に何でもよく食べる。
それにこの頃少しずつだが私に気を許すようになった、手渡しする時も手で引っ掛けたりせず、口でとるようになってきた。
この「ダッシュ」の微妙な変化につれて、悲しいかな私の心も徐々に「ダッシュ」に移行しつつある、今日此の頃なのです。
誰にでもすぐなつく 「みぃ〜」を何度も見てきたし、私しか信じないだろう「ダッシュ」とでは、残念ながらいたし方ない心の変化、なのでありまして・・・・。
とは言うものの、昨晩は帰ってきたら 珍しく 「みぃ〜」が一匹でドアの前にうずくまって私を待っていたのです。
”寒いのにじ〜と待ってたの?どったの?「みぃ〜」”
私はすっかり嬉しくなって、かがんで手を差し出した。その手に嬉しそうな顔をくっつけてきた。頭を撫でたり喉を掻いてあげると、顔を仰向けて気持ち良さそうに甘えてくる。その内お礼にとばかりに、私の指を舐め始めた。いつまでも舐めている。
そういえば、何度も前にこんなことがあったな〜と思いつつ、久し振りに至福の時を過ごしたのです。
やっぱ、「みぃ〜」は可愛いい・・・☆
こうして何人かの人をたぶらかしているのだろうか?・・・ご隠居さんもその一人で、すっかりメロメロだ。
「みぃ〜」はもしかして魔性の猫☆? かも・・・?。

2008年1月8日
《 白猫のタンゴ・Z ・奇特な人〜◎ 》
世の中には素晴らしい人がいる!
お陰さまで胸のつかえが降りて、感謝、感謝で〜す☆ というのは ・・・・・
帰り道、家の近くで、ガラス越にいつもチラ見する小料理さんがある。半円の形をしたカウンター席で14、5人は座れるだろうか、入り口のガラスにうっすら写る店内はいつも混んででいた。
半年くらい前に出来た店なのに、余程美味しいのだろうか?そんな疑門に駆られ、ある時勇気を出して入ってみた。
結果、判ったことはあんのじょう安くて美味しいこと、お客同士が仲良く常連化している感じということだったのだが、、、。
以来、五ヶ月が過ぎたが月に一度くらいの割りで行っている。何人か顔見知りになった中の一人、ご近所らしいご隠居さんと昨日隣あわせになった。
そのご隠居と何気に話していていたのだが、その内テレビに映った猫を見て猫の話になった。自分は猫が好きで猫を飼っていたが引っ越した時、云云、、、、そしてその延長で
「近くに公園があるの知っている?」
と聞かれた。
「はい」
道を一つ隔てたすぐ近くに、それこそ猫の額くらい小さな公園らしきものが確かにある。
「あそこに猫がいつも沢山いるんだよう、今日も通りかかった時、それでも
五匹くらいいたかな?白猫が四匹、ブチが一匹、毎日えさをあげる人がいるから、猫がいつも来てるんだよう」
ドキっ!白猫と言えば「みぃ〜」や「ダッシュ」ではないか、?
そう言えばかって十兵衛の飼い主から 「みぃ〜」を見るや、”その猫、裏の公園を根城にしている猫よ”、と言われたことがあった。ご隠居さんの話と符号する。
「その人は偉いよねぇ、その猫たち全部に避妊をしたんだから」
どうやらその話は有名らしい。そこだけではなくもう一箇所、餌あげてるようで、近所の野良猫に殆ど避妊手術を施したようだ。
「へ〜ぇ、でもそれをしなければ、餌をあげる資格はないかもねぇ」
私は自分のことを棚にあげて、したり顔で言ってみた。
「まあ、そういうことだよねえ」
内心wwwやった、やった〜♪と叫んでいた。 無責任に餌をあげている私としては、後ろめたさと戦っていたのだ、この時やっと開放された☆
それにしてもこれぞ愛猫家の鑑!こうでなくっちゃ、いい加減な私の愛なんぞはお恥ずかしくて、ゴメンナサ〜イ <:=#* だぁッ!。
「ダッシュ」は成長期だから細ぴぃーだが、で太ちょになった「みぃ〜」、 太るはずだよ。私があげる分、余分な血となり肉となってメタボ系になってしまったのだから。 でも「みぃ〜」は幸せそうだし、まぁ、いいか〜。?
2007年12月14日
《 白猫のタンゴ・Y、 タンゴ〜♪ タァ〜ンゴ(怖) 》
朝だけ一緒だった筈の「ダッシュ」が、いつの間にか「みぃ〜」といつもセットで現れるようになった。どころか、たまに単独でやって来て、私を呼ぶこともある。
微妙な声の違いに気付かぬ私ではないぞ。
そっとドアを開けてみるとやはり「ダッシュ」だ。何かくださぁ〜いと私を見ている。
「みぃ〜」に内緒はダメよ、とばかりドアを閉めようとすると、かまわず中を覗き込むようにして白い身体を半分だけ入れて来た。
コラ、図々しいやっチャのう、う〜ん?ま・て・よ 真近で見る「ダッシュ」の毛は明らかに「みぃ〜」と異なる。長年のうす汚れた「みぃ〜」の毛と違い、真っ白でつやつやしているのだ。
ええっ?もしかして、、、君はあの時の子猫ちゃんが大きくなったのかい?
そういえば顔が一回り小さくて幼い感じがするような気も、、、?
それに食べ物を手渡しで口に持っていくと「みぃ〜」はさっと咥えるが、「ダッシュ」は手で引っ掛けるようにして何度かジャブをくり出す。
そう〜子猫がよくやる仕草だ。
私は指を二度引っ掛けられて、いまだに後が残っている。
あの時の子猫ちゃんに間違いなさそうだナ。まだそんなに人間と接することがないのか、今や「ダッシュ」は一途に私になついてきている (困ったものだ)。
それを「みぃ〜」は温かく見守っている形で、一緒にやって来ても、ドアを開けると「ダッシュ」の顔がまず飛び込んで来るが、その二歩くらい後ろで「みぃ〜」がやさいい表情で私を見上げる。
「みぃ〜」は身体も太ったが、逆三角形の顔がホントにまん丸になってしまった。逆三角形は輪郭ではなく痩せていたからだったのだ。
いずれにしても私としては「みぃ〜」の性格の良いその奥ゆかしさが、たまらなく可愛いいと思っている。しゃしゃり出る「ダッシュ」を除けて「みぃ〜」に手をのばして、ついつい頭を撫ぜてしまう。
もうこの頃は観念して、しょうがないな〜この二匹は、可愛がって行くか、と思い始めている。
が、そんな折も折、又も驚かされることが!
いつものように二匹の前にご飯を置いてドアを閉めようとした時、ふと視線を感じて後ろを振り向いたら、すぐ後ろで虎視眈々と見ている白猫がいたのです。
そう白猫ファミリーの一員だぁ!二匹とも怖がる風情もなく気を許しているのでそれが判る。
只その顔がナント、目頭から鼻にかけて赤く隈取したみたいで (歌舞伎じゃないぞ)、それが怖く汚い顔にしている。顔を云々する気はないが、と言ってもやっぱり不快な顔だ。
もぉ〜う、何なのよ一体、、、とに角、この二匹以外は絶対にかかわらないぞ!知らないぞ〜う。
2007年11月17日
《 白猫のタンゴ ・X ”「みぃ〜」、ダッシュ” 登場 》
「みぃ〜」そっくりの白の可愛い子猫ちゃんは、あの日チラリ垣間見ただけで二度と姿を見せない。
二ヶ月近くたっているので,もう結構大きくなっているのだろうか?、気にはなっているが仕方がない。只、判ったことがある。顔はソックリでも「み〜ぃ」の子供ではないということ。
と言うのは、「み〜ぃ」が女の子だということが判明したのだ。
(大家さんが抱きかかえて見たらアレが無かった、雌よ) と言っていたので。
そこで考えてみたが、「みぃ〜」はお腹が大きい気配はなかったし、毎日顔を合せていて、子を産んだ必死の面差しなど全然感じられなかった。どちらかと言えばのほほ〜んって感じかナ。
で、そんな折も折です、謎を解明させるような出来事が起こった。
四日前のこと、朝起きて歯を磨いていると、玄関のドアの下に排気口のような隙間があるのだが、いつものようにそこに白く動くものがかすかに見える。「み〜ぃ」が待っているのだ。
遠慮がちに「みぃ〜」が泣いたのを合図に、ご飯を用意してドアを少し開けた。「みぃ〜」が近寄ってきたのでそっと差し出すように見せると、ご飯に顔を近づけて来た。これもいつものことだ。で、ドアを開けて外に置く。
その時です、げぇ〜ナントもう一匹「みぃ〜」がいたのです!。白毛で同じ顔つき、目もグリーン、只よーく見ると尻尾だけが違っていた。ねじれていない、真っすぐに伸びている。
悪びれる風もなく、小さなお皿に横から顔を突っ込んで来て食べようとした。「みぃ〜」は怒るでもなく仲良く食べ始めた。動物は食べ物となると、テレトリーには親子でも容赦なく厳しいと言うのに。てことは「みぃ〜」はやさしいとしても、二匹は姉妹か?親子か?兄か弟か、何なんだぁ〜い!。
私としてはこうして一匹だけでもどうしたものか、と思う時があるのだ。
無責任にご飯をあげていて、万が一妊娠したら・・・その子は野良猫になってしまう、良くない。避妊手術を施すなりしなければ、ご飯をあげて可愛がる資格はない、と理性では思っている。
頭では判っていても正直、面倒だし「みぃ〜」を連れて病院に行くのは至難のわざなのは想像に難くない。
その日以来、朝だけ必ずその「みぃ〜」にダッシュも(これからダッシュと呼ぼう)ついて来るようになった。今日などおとなしい「みぃ〜」を押しのけ先に食べようとしていた(ムカッ)。
それも私のニラミに参ったのかおとなしく一緒に食べ始めたが・・・。
私はまだ「ダッシュ」を認めているわけではないぞ。
でも有難いことに朝以外は「ダッシュ」は顔を見せない。
そして気がついたが、出会った頃の「みぃ〜」のように体付きがハングリー(痩せ)なのだ。
もしかして子供の母親は、「ダッシュ」キミかい? それともまだいるのかい?キミ達白猫ファミリィーが! 勘弁してくれぇ〜。
2007年10月19日
《 もしも ・・・・・ たら ・・・ 》
世界フライ級タイトルマッチ戦、大毅選手が投げ飛ばしたのも良くないけど、卑しい反則や小ずるい行為を知って、もっとイヤな印象の試合になってしまった。
それにしても、とつくづく思う。 試合前に戻して〜
あの世間を舐めたような言動、極道キャラではなくて、等身大で地のまま普通に応対していたら、間違いなく野球やゴルフに次いで、ボクシング三人王子になっていたのでは、、?
遊びたい盛りの三人兄弟が、必死に練習に打ち込み、努力に努力を重ね素質もあいまって急速に強くなった。
ドラマティックなスポ根としてテレビで取り上げられたら、話題性や応援したくなる要素が沢山ある。
とすればこの前の試合に於いて言えば、18歳ながら頑張り屋の初々しい大毅選手に声援を送りたくなるだろう、対戦相手には”負けろ!”とばかりに内藤選手が逆に悪役になってしまったのでは?
しんどい悪キャラより、良い子の方がよほど楽だと思うけど、、。
”切腹” より、テレながらも ”応援よろしくお願いしま〜す” と言う方が。
ちょっとシチュエーションが変わるとこんなにも違ってしまう、(もっとも内藤選手は本当に心ある人、反則もしないが。)
父親の不器用なあの感性、子離れの悪さで、肝心の子供たちのイメージもだんだん厭味な感じで嫌われ出した。(それでも悪名は無名に勝るのか)
子供たちも一人一人は素直で良くても、三人一緒だと段々何をしても言っても怖くなくなる、おまけにオヤジも一緒だ。
彼らにとっては特に父親が第一。フアンよりも父親に褒められたい喜ばせたい。一日も早くチャンピオンベルトをあげて、父親を男にヒーローにしたい一心だったのでは。
ということで、父親の放つ感性にどんどん塗りつぶされていく。
長男の興毅選手のトークを、テレビで何度か観たことがあるが、過激なことを言っているわりに、節々に朴訥とした生真面目さが漏れ出てくる、本当は地道なおとなしい、しっかりした子なんだな〜と思ったことがある。
大毅選手も記者会見で一言も喋らなかったけれど、逆に私は多少好感を持った。それ位つらいんだと思えたから。ああいう場所で少しでも喋れるのはまだ多少でも余力がある。彼はそれすらなかったのでは、、。
父親も兄も反則を示唆したことを否定していたが、真実は大毅選手が一番知っている。
今まで必死になって掴み、築き上げて来たものが音をたてて崩れ落ちた。その砕け散った夢の中で、真っ白になって立ちすくんでいるのでは?
一生懸命、信じて頑張って来て、俺は一体何をしてきたのだろう!何を見てきたんだろう。そんな風に思っているのかも知れない。
私も大毅選手負けろ、と思って観ていた一人だが、まだ十八歳しっかり立ち直って欲しい。

2007年9月26日
《 白猫のタンゴ・W ”十兵衛” について 》
やはりと言うべきか、思った通りこの近辺を牛耳っているのは、ご近所さんのマイペース猫、”十兵衛”だった。
数日前、出掛けようとしてドアのノブに手をかけたその時、突然耳元に ”wぎゃぁ〜、ぎゃあっ〜”にらみ合う泣き声が聞こえて来た。急いで開けて見ると、洗濯機の上で仁王みたいな形相で構えている「みぃ〜」と、その視線の先3メートル位に、一回り大きい十兵衛が睨みを飛ばして立ちはだかっていた。
突然の私の出現に、両者とも一瞬シィ〜ンと固まったが、それを破ったのは、十兵衛に放った私の一声 ”こら〜あっ!”だった。
驚いて立ち去るものと思いきや、ビクともせず平然と私の顔を見ている。(ナメとんのぉ?)
もう一度、今度は手を振りかざし ”こら〜っあ!”と叫んでみたが、全然動じない。
困った私は、脅かす為に何か小さな投げる物はないかと近くに目を走らせた。が、その一瞬の隙に十兵衛は消えていた。
ほっとして 「みぃ〜」を見ると緊張から解きほぐされたのか、険しい表情は収まっていた。思っていたより強い態度の 「みぃ〜」はもしかして男、か?と思った。
それにしても私の”こら〜っあ”に、”十兵衛”が全然動じなかったのは、あるいは当然な事かも知れない。
それどころか気の毒に”十兵衛”にとっては???状態だったのでは? と思う。というのは・実は 〜・
そう〜、十兵衛との出会いは、ここに引っ越してすぐだったから三年程前になる。近くの顔見知りの人が飼っている猫で、私のマンションの周りによく出没していた。
何度も言うが、私は犬派で猫には無関心だったのに、近づいて声を掛けたのは私の方でした。
理由は顔なじみになったこともあるが、丸型で柔和なマスク、白地にちょっとトラがかった、様子の良いイケメン猫だったからです。
ある時、隣の家の塀の上に寝そべっている、”十兵衛”に声をかけたのが始まりだった、 ”十兵衛”〜ってそっと呼んでみた、ところがやさしそうな顔に似合わず知らん振りされたのです。
それどころか見ようともしない態度のデカさに、ムキになって何度も呼んでいたら、そのうち尻尾だけかすかに上げるようになった。
返事をしているつもりなのだろうか。
尻尾以外は見事に完全無視だが、とりあえずは通じているのだろう。
以来、見かけると習慣的に声をかけるようになった。
が、三年たっても目もくれなければ顔も向けない、相変わらずのかすかに動く尻尾の関係だけだった。
もっとも飼い主に呼ばれても無視している姿を何度も見ているので、私はマイペース猫と名ずけたわけです。
一度ウインナーと焼き魚の身を部屋から持ってきて、ご機嫌とりをしたことがある。
今度こそは喜ぶだろうと思い気や、またもや見ようともしない無視猫だ、普通食べ物には弱いだろうに・・・飼い猫としてのプライを張っているのか、ほんと見てくれがイケてるわりには可愛気のない猫なのです。
ところがです 「みぃ〜」との衝撃的な出会いからは、”十兵衛”を見かけても私の方が気付かないふりをするようになりました。いわゆる無視です。からかう気も無くなってしまったのです。
この変わり様には、少なからず ”十兵衛”も感ずるものがあるのでは?なんて勝手に考えたりして・・・。
それにしても最近うろちょろしている目障りな外様者 「みぃ〜 」に敵がい心を燃やしている ”十兵衛”が、どこかで私と 「みぃ〜」の睦まじく遊んでいる姿を見かけたとしたら、
何度も襲うのも・・・・?。
皮肉なもので”十兵衛”と面と向かってバッチリ目を合わせたのは今回初めての事だった。その久し振りの再会が剣もほろろに怒鳴られ、手を振りかざされたのでは、”十兵衛”も立場がない。
”俺も可愛がってくれていたんじゃないの?”みたいな感じ・・。
と言うわけで、”十兵衛”は怒鳴られてもすぐにはこの現実を受け入れられなくって、動けなかったのでは?と思ったのであります。
それから数日が過ぎた、昨日のことです。
出掛けようとしてドアを開けたが、いつもやって来る筈の「みぃ〜」が現れない。あたりを見回したがいない。
と、その時です! 向かいの家との境界に小さな草むらの空き地があるのですが、そこに何か白いものが動いたように見えた。
目を凝らしてよ〜く見ると、なんと・小さな白い子猫が一匹、ポツンと座ってキョロキョロ辺りを見渡していた。
げぇ〜 「みぃ〜」にそっくりだ!逆三角形顔で、耳がちょっぴりピンクぽいところも
間違いない 「みぃ〜」の子供だぁ〜☆!。

2007年9月3日
《 白猫のタンゴ ・V 「みぃ〜」の正体 》
一日24時間、洗濯機の上でじ〜っと私を待っている 「みぃ〜」。
その内私が 「みぃ〜」と会うのは4回くらい、時間にしてトータル4,5分ってところかなぁ〜。
朝ご飯をあげるとき (「みぃ〜」が遠慮がちにドア越しで1,2度泣いて知らせる。)、そして出掛けるとき、帰ったとき、夜中に(この時も小さく泣いて呼ぶ)おやつをねだられる、だいたいそんな感じです。
出掛ける時は追いかけて来るので大変だ。何かちょっと食べ物を手にして出て、頭を撫でたりした後にそれをあげ(食べ物にはメッチャ弱い)、食べてる間に一目散に行くことにしている。
たま〜にマンションの前の小さな道端に出て遊ぶことがある。ある時じゃれつく 「みぃ〜」を相手に殆どイヌ科に近いネコなので、しゃがんで相手をしていたがキリがないと立ち上がった時です。
たまたま向こうからやって来た年配のおばさんが、私達の前迄来た時です、「みぃ〜」を横目で見ながら、ふいに ”しろ”って叫んだのです。
呆気にとられていると、おばさんはチラっと笑みを浮かべ、何事もなかったように通り過ぎて行ったのです。
その時 「みぃ〜」が、バツの悪そうな顔をして横を向いたように見えたが、気のせいか?
にしても ”しろ”って何?あのおばさんはハッキリそう呼んだ。この近くの人なのだろう 「みぃ〜」を知っているんだ!。
身体的に特徴がある 「みぃ〜」を間違う筈がない。顔が逆三角形で小さく、何より未だ猫で見たことがないが、尻尾が短く、くるっとねじれているのだ。
ああっ 「みぃ〜」は誰にでも媚って生きて来たのか・・・・。
疑惑を抱えながらも、それなりに蜜月状態は続いた。それが少しづつ変わるきっかけになる出来事が起きてしまった。
一ヶ月ほど前 ”wギャアッ!”っと、けたたましく争う泣き声が聞こえて来たので、急いでドアを開けたら、洗濯機の上に敷いてあるタオルが下に落ちていて「みぃ〜」の姿も消えていた。
しばらくして戻った「みぃ〜」は、怪我をしている風もなく元気だったが、その後も2,3度襲われた。
部屋に入りたがってる気持ちがよく判る。ちゃんとした住家が欲しいのだ。
けど一緒に住む気は私にはない。そこだけはケジメをつけておきたいのだ。
出来るかぎり可愛がって護ってあげる、そんな無責任な愛し方しか出来ない。
先日も道端で遊んでいた時のこと、少し先で何か片付けをしていた奥さん風の人が一段落したのか、私達を見ると近づいて来た。
ネコ好きの人なんだ〜と思っていたら、突然 ”このネコ!人なつっこいのよねぇ。よく縄張り争いをして喧嘩してたけど〜” と言って 「みぃ〜」を見ながら ”おいでー”と手を出した。
ナント、「みぃ〜」は腹を決めたのか、つかつか寄って行って身体を摺り寄せたのです。一回だけだったが、え〜い・ショック!!
それだけではないのです。大家さんとバッタリ会ったので、私が誤解されないよう (こっそり飼えば判らないが) 「みぃ〜」の存在を申告し、部屋飼いはしていない旨話した時のこと、やはりどこかで見られていたようで
”あのネコちゃん、間口が広いのよねぇ、人なつっこいから。私もご飯をあげたことがあるのよ。でもあなたには随分なついているわね〜ぇ。”
と言われてしまったのですww〜。何〜ぃ、間口が広いっと〜?
ことここに至って、「みぃ〜」の正体が大分判ってきた。この辺では結構顔の売れた猫チャンだったのだ。(知らぬは私だけかい。)
たいした者ンだ。甘え方が上手いし、それなりに気配っている。何より人間を怖がらない。我々人間さまもそれが出来れば苦労はしない。
性格が良いのか、計算高いのか、何か思惑があるのか・・・・・?
最近は洗濯機の上にいることが殆どなくなった。その上の乾燥機にいることがあるが、少し前までの常駐に比べたら見る影もない。
朝のお食事に始まっての4回の逢瀬には、必ず訪ねて来るので変わらないが、、、。それも、会いたくてか、飯欲しさか、両方か〜?
一体、どこで何をしているのやら、どこかに居場所をもう一つ目っけたのか・・?等と思いながらマンションの近くまで帰ってくるとよく驚かされる。何処からともなく現れて迎えてくれるのだ。(憎い)
そして一緒に連いて来るが、縄張り争いの後遺症からか、ing なのか歩きながらも鋭い視線を走らせる。
どうも近所の顔見知りのマイペース猫、十兵衛あたりが牛耳っているようだ。
私が ”十兵衛や変な猫が来たら、蹴散らすから大丈夫よ” と言っても警戒を怠らない。
今では最初の頃のハングリーな身体から、肉付きの良いしっかりした身体になってきた。
一抹の淋しさははあるが 「みぃ〜」には無責任な愛しか与えられない以上、却ってこの距離がいいのかも知れない、と思うようにしている。
まだまだこれからも、いろいろありそうだ 〜☆

2007年8月3日
《 白猫のタンゴ ・U 濃すぎる愛〜♪ 》
二ヶ月半くらい前の夜中に、衝撃的な出会いをした白猫チャン、あの時感じた不思議な思いは、今となっては当たっていたのです。.
出会いから一ヶ月くらい経ったある日のことでです。
それっ切り見かけないので、もう会う事もないだろう、飼うことが出来ないしこれで良かったと思い忘れかけていた、そんな時です。
夜、帰って部屋のドアに鍵を差し込んでいたら、突然どこからともなくあの白猫チャンがやって来て、甘えた声で泣きながら、足に絡み付いてきたのです。
ギョww〜 うっそでしょう!私は驚くやらチョッピリ嬉しいやらで、思わず屈んで頭や背中を撫でていました。そしたら、嬉しそうにその手を舐めてミャ〜オ・ミオ〜オ、ウオゥォ〜とビミョウに声を変化させて泣くのです
。
その内、顔や体をくっ付けながらスルスル回ったり、何か言いたそうに私をみて、顔を思いっ切り近づけて泣いた、その口の中が丸見えで、ピンク色の歯茎に白い尖った小さな歯が、まるでガラス細工のように繊細で可愛く見えました。
気が付いたら、何か食べ物をと部屋に飛び込んで冷蔵庫を物色し、ソーセージや煮干を取り出して外で待っている白猫チャンにあげていました。
以来〜、私と白猫ちゃんとの、「みぃ〜」と名づけましたが、奇妙な関係がスタートしたのです。
元来、私は心が通じるワンちゃん(犬)の方がが好きで、我がまま勝手な猫ちゃんはどちらかと言えば苦手でした。
ところがです、この「みぃ〜」は猫らしくないのです。
再会の日から「みぃ〜」はいつもドアの外に置いてある洗濯機、あるいはその上に取り付けてある乾燥機のどちらかに身を横たえるようになりました。
私が何時に帰ろうが飛び降りて出迎え、泣きながら嵐のように顔や身体を擦り付けて歓迎してくれる。一日中部屋にいるときなど、ドアを開けるたび飛び降りて甘えて来る。
さすがに夜中は何処かに行ってるだろうと、お風呂場にある小さく開けた窓から覗いてみると、洗濯機の上にかすかに白い毛の固まりが見える。
明け方トイレに立った時覗いても、いついかなる時も白い毛の固まり、「みぃ〜」はいるのです。
キャッツフードを買ってご飯はあげているが、こんなにベッタリではいつトイレに行くのだろう、と心配になってくる、
それにしても「みぃ〜」のことは謎だらけだ。同じ屋根の下で二ヵ月近くなるのに
男の子か女の子か、何歳くらいか、今までどこにいたのか、野良なのか飼い猫だったのか、、、、。何を考えているのか?(それは無理か)
あっ!さすがの私も一つだけ判ることがある。
じゃれて甘えながらも、時々真剣な目でじ〜っとドアを見る、これ見よがしにドアに顔を近づける、そんなしぐさを見ていると、”私を一緒に部屋に置いて!”と叫んでいる「みぃ〜」の声が聞こえてくるようです。
それだけは出来ないし、何故かしたくない、、、、、。
今のところ濃すぎる「み〜ぃ」の気持ちに、多少私としては退き気味なのかも?
でも、帰った時のあの歓迎ぶりは嬉しいし、やっぱり可愛いい、、、一体これからどうなることやら〜 ☆

2007年6月26日
《 ウイナー ☆ ・ ウサギと亀の物語 ・ 》
桑田投手の生き方に拍手を送っている私としては、どうにも不愉快なオヤジが二人います。
一人は江本です。ヤンキーズとの試合で二度目のマウンドに登場した(6−0で負けてはいたが)桑田投手が、1イニング無失点で投げ終えた時のこと。
ヤッター、!っと大喜びで気分を良くして、スポーツ・ニュースを見ていたら、たまたま江本が解説していたのですが、それが何とも偉そうなしたり顔で言うのです。
「メジャーに昇格したと言っても、敗戦処理に使われただけでしょう」 と。小馬鹿にした言い方から始まってウンチクを垂れたのです。
ムッカ〜っ思わず私は、”わかっとるがな、それぐらい、だから何なのよ?”と心の中で毒づいてチャンネルを変えてしまった。
もともとレインボールが報道された時から、彼の言い方には気分を害していた。その時も
「レインボールか何か知りませんが、あんなんが打てへんから、(3Aの選手)メジャーに行けへんのですよ。桑田はメジャーなんてまだまだ、無理ですわ。」とのたまわっていたのです。
そしてもう一人のオヤジは張本です。 アッパレだか喝っだか知りませんが、江本と同じように 、「敗戦用だよ、今年一年で帰ればいいんだよ。そして日本の為に云々。」 所詮、頑張ってもたいしたことないから、というニュアンスです。
フアンにとっては聞きたくもないコメントです。、同じような気持ちを持たれたのか、一緒に出演していたコメンテータの江川詔子さんが、聞いていられないとばかりに
「がんばってるのですから、あっぱれをつけてあげてくださいよっ」
と進言したのです。
それに対してとんでもないとばかり、と又もウンチク云々しながら、桑田投手に寄せる好意や期待をピシャっりと、跳ねつけるような諌める言い方をしたのです。
” う〜wっ 黙れ何ゆえ・おぬしに・諌められないけんとよ!(どこの言葉?) ざけんじゃネェ〜。 ” とまあ、たんにん袋の尾が切れたのです。
で、時は流れて〜 あれから五度目の登板を果たした今日この頃の桑田投手、本日も無失点で押さえました。前回など天下のイチローさまも 「打つ気満々だったのに、脱帽です。」と言わしめる、空振り三振に討ち取りました。
その前も直接対戦は無かったものの、 イチローさまが感慨深げに目の前で見た桑田投手を語っていました。 「すごく力が抜けている。がむしゃらな感じがない。そういう気持ちを殺している感じが僕は好きです」
「打たなくてはいけないのに、抑えて欲しいなと思った」と。
逆にイチローさまの人間的な凄さを、一連の桑田投手に対する彼の見方で改めて知ったように思います。
イチローさまは桑田投手から大切なものを学んだのでしょう。これからの彼の野球人生を、より強く長いものにすることになるサムスィングを。そんな気がします。
今の桑田投手の生き方を見て思うのです。『うさぎと亀の物語』の亀さん、を。
ウサギは亀を見て走っていたので寝てしまい、負けましたが、
亀はウサギを見て走ったのではなく、目指すゴールっだけを見て走りました。
だから勝ちました。 というお話〜
桑田投手の場合も・・・・・・
年齢も若くない、大怪我してどん底に落ちもしました、そしてマイナーな言葉ばかり言われてます。
けれど彼の心は、二十年来の夢であるメジャーのマウンドに立ちたい。その一つだけをじっと見ているから、揺るがず頑張れるのでは?
ヘボ解説者にこの際、反省を促したい〜、シビアなことを「仕事柄)言うのは良いけど、データーやあなたの観念だけの判断はつまらない。本能的に生でキャッチした熱いものが伝わらなければ。
どんなことも不可能とは絶対に言い切れない、何が起きるか判らないのが人生です。いつの場合も一条のポジティブ愛が通ってなければ、聴いてる方としては救いがない。
もう二度と聴きたくないと思います。
桑田投手自身が言ってます。
「先の保障もない私ですから、どんな時でも大事に一つ一つ頑張るだけです。」と。
人との競争が大事なのではない。もっと大事なもの、夢を持ってそれに向かって頑張ること!!
桑田投手は身をもってそれを示してくれている。
すでに期待に答えてくれましたが、自分を重ねて観ている人達の為にも、これからも一日でも長く投げ続けて欲しい・・・、その上ですが、無得点だったら最高です!フレー・フレー ・フレ〜ェ 。

2007年6月15日
《 強〜い人 》
4月10日に書いた桑田投手への思い〜 、三日月に例えて、曰く
”細い三日月も、満月に向かう方の三日月であって欲しいと切に願う。
そう、メジャーのマウンドが満月のように思えてくる。”
苦しいリハビリに耐えて、6月10日確かにメジャーのマウンドに18番をつけた桑田投手が立っていた!。
その二、三日前、3Aの試合で二回無失点で投げ終えた桑田投手が、インタビューに答えて
”レインボー、レインボーって何のことかと思ったら、僕の球がレインボーボールって言うらしいんですよ” そう言った時の何とも嬉しそうな顔!〜♪、テレビで見ているこちらの胸も熱くなる。
そう〜あの笑顔が幸運(ツキ)を引き込みました。次のシーンは空港のカウンターです。突然昇格、メジャーに呼ばれていそいそと出掛けるところでした。
結果は、最高年俸選手ロドリゲスに初球を2ランされましたが、
”引き続き努力する。それが僕のスタイルだから”と静かに言ってのけた。
そして野球の神様に”ありがとうございます”と感謝の言葉を心でつぶやいたそうです。
今度はその感謝の心が、たゆまぬ努力が、謙虚な人柄が新たな幸運を、結果を呼び込んでくれることでしょう。
パイレーツは14年間連続負け越しているチームだそうですが、このチームに今一番必要な要素を、大事なものを、実はまだ一度しか投げていない桑田投手こそが、持ち合わせているのでは?と言う気がします。
辛いとき何が大事かを教えられ、彼の生き方に勇気づけられる人は、球界に限らず沢山いると思う。
桑田投手の本当の使命はもしかしたらそこにあるのかも知れません。

2007年5月14日
《 白猫 の タンゴ 〜♪》
数日前のこと、友人と食事してつい遅くなり、夜12時ころ帰ってきた。
マンションの部屋が一階なので、入り口を通り抜けてドアに向かって歩き出したその時です。突然、近くでミャ〜オと猫の泣き声が聞こえて来ました。
驚いて辺りを見渡すと、白い猫が横から出て来て、行く手を阻むように私の前で止まり、ミャ〜オ、ミャ〜オと何度も泣きながら私を見つめるのです。
薄暗いので最初、顔見知りのご近所の飼い猫、十兵衛かな?(十兵衛も白い)と思って見たが、ちょっぴり小ぶりだし視線に違和感がある。やはり初対面の猫でした。
それにしても普通、真夜中に人間と猫が出くわしたら、猫がさぁ〜っと逃げると相場が決まってるのに、わざわざ猫の方から近づいて来て話しかけて来るなんて、、、?。実際に何度も何か言いたそうに顔を見て泣くのです。
”どぉ〜したの君は?何が言いたいの?” と思わず聞いてしまった。
ミャ〜オミャ〜オ、まるで ”何してたの?ずっと待っていたのよ” と言わんばかりの雰囲気だ。
その内、ゴロニャンと顔や身体を私の足に絡めつけてきた。
”オイオイ、君、初対面だよ、チト慣れなれしいのでは?” と思いながらも、まんざらでもなく、よ〜く見ると気のせいか顔も可愛いし品もある。
何やら真夜中のファンタスティックなこのシチュエーションに、一瞬妙な気持ちに浸ってしまった。が、ここでは猫を飼ってはいけないんだ、と冷静さを取り戻し、心を振り払うようにしてエイっと歩き出すと、白猫チャン、当然のようについて来る。
それを無視してドアに鍵を差し込んでノブを引こうとすると、さ〜っと入る態勢をした。これはまずい!、と思ってとっさに元に戻るふりをして、白猫チャンが横を向いたその隙に、パっとドアを開けて入るや、心を鬼にして閉めてしまった。
ドアの前で呆然としているであろう姿が想像に難くない。
閉めたもののどうにも気になる。かと言って開けて入れることも出来ない。
10分くらいしてそ〜っとドアを開けてあたりを窺ってみた。が、し〜んと静まり返っているだけで、もうそこに姿はなかった。
それでも、もう一度気になるので出会った所まで行ってみた。やはり居ない。で前の細い道に目をやると、う〜んと先に小さな物が動いているのが見えた。どうやら大きい通りに向かって歩いているように見える。きっとあの白猫ちゃんに違いないっ!?。
追っかければ戻ってくれるかも知れない、、、と思ったが(女々しい)、結局通りに吸い込まれて行くのをじっと見送ることしか出来なかった。
何だったんだろうあの白猫ちゃん、、、?どこかの飼い猫なのか?誰かの化身なのか?(最近友人、身内が続いて亡くなった〜★)でも可愛いかったなぁ〜部屋に入れて上げれば良かったのか、、、しばらく思いに浸ってしまった。
翌日、遊びに来た友人にこの話をすると、”ああ、そぉw、珍しい猫ねぇ。どっかの飼い猫じゃないの?” と言うサッパリとした反応が返って来ただけだった。がくww〜、そりゃぁ判らないだろう〜と思う。
それから一時間ほどした時です。ベランダ側の窓ガラスの下の方で、何やら白いものが動いたような気がした。左目尻ぎりぎりの視界で捉えたので、何ッ今の?気のせい?と思ったものの窓を開けてみた。
そしたら、ナ・ナント!そこには覗きこむような格好でこちらを見ている、あの白猫ちゃんがいたのです(驚)。
思わず私は友人に ”ねぇ・ねっ・ねぇ、この猫、さっき話した猫よ!” 指差しながら大声で叫んでいました。
”どれぇ” と言って友人が身を乗り出した時、さっきから立ち止まってじ〜っと私を見ていた白猫ちゃんは、それを機に静かに踵を返して、ゆっくり、ゆっくり立ち去ってしまったのです。
一瞬の出来事でポカンとしてしまったのです。後で、それにしてもどうして裏から来て私の部屋が判ったのか不思議だった。
”私が居なければ入ってきたわねぇ、きっと、そんな感じだったわ” 友人が言った。
以来二週間が過ぎたが、それっきり姿を見ていない。
いつも出かける時、帰ってきた時など、辺りを見渡して捜すのだけど、、、。
ちょっとした出会いに過ぎなかったのかも、、いえ、もしかしたら淋しかったのかなぁ〜;;わたし・・。

2007年4月10日
《 太陽 & 三日月 》
多くの人々が注目した松坂のメジャー初登板、さすがっ!期待通り華々しく初勝利をあげて本当に良かった。
後日、その試合を観ている桑田をテレビで放映していた。
傷ついた足を庇うようにしてソファーに横たわり、パソコンに写る松坂の投球を予想しながら、食い入るように見つめていた。
終わった後、松坂の落ち着いた態度や投球を称え、やがてゆっくり足をひきずるようにして外に出た。
そして人気がないところで黙々と一人投げ込みを始めていた。
治して登板する時の為に?とその僅かなチャンスに、今の全てを掛けて立ち向かっている真摯な心意気が伝わって来る、、、、。
野球を愛し可能性に挑戦する 〜
現役に拘る彼の生き方、いさぎ悪さ〜 その独特の美学には拍手を送りたくなる!。
文字通り今、松坂とは真逆な所にいる。
真昼に照りつける太陽が松坂なら、桑田は夜空に浮かぶ三日月のように見える。
力や明るさ勢いで華を咲かせる松坂に対し、孤高で凛としているが、どこか淋し気な桑田の姿は、スターであったが故の哀愁とでも言うべきか、どうにも胸にひびき、心惹かれてしまう。
細い三日月も、満月に向かう方の三日月であって欲しいと切に願う。
そう、メジャーのマウンドが満月のように思えてくる。
そして太陽の松坂も、計り知れないプレッシャーに打ち勝ち、責任を果たすのは至難の業、これからもそれと戦っていかなければならない。大変な宿命を背負っている。
それに打ち勝って大きく輝き、沢山の人に勇気や希望を与え続けて欲しい
そして桑田もその美学に生き切って、将来球界に貢献する華になって欲しい。

2007年4月5日
《 ☆を掴むために 》
挫折から這い上がった人は素晴らしい。
世界選手権で優勝した安藤美姫ちゃんを見ていて胸が熱くなりました。
トリノ五輪で、誇りや人生を消し飛ばすような惨敗を経験して(心中、如何ばかりかと思った)、
その時ここにエールを書いたのですが、、、。
曰く、”今回はこれで良かったのだ、と前向きに捉えて〜、あの時があったればこそ、今の幸せな私があるんだ、と言える日のために。”と。
本当にその通りになったことが嬉しい。 (驚愕)
血のにじむ思いで努力した結果、勝ち得た07年、世界一という金字塔は、永久に消えることはないわけで、19歳で凄いことだと思う。(拍手)
必死に頑張った美姫ちゃんに、天も大いに祝福せずにはいられなかったのでは、、、。
緩やかに落ちていくと、上がってくるのもゆっくりと中途半端な所までだけど、ド〜ンと下まで叩きのめされると、反動で跳ね返るのも大きい。このままでは終われない、心の底では絶対にそう思ったと思うから。
けれどこれからが又新たなスタート〜です。
生きてる限り終わりはないドラマが人生、挫折と栄光はいつも背中合わせです。そしていつの場合も努力した人にしか、天は微笑んでくれないことだけは確かなようです。

2007年2月9日
《 東国原知事に ☆願うこと・・・・・ 》
知事に立候補する前のタレントのお仕事では、何度かのお騒がせ事件や若手の台頭もあり、オーラーも薄く限界を感じていたような感がしていました。
今後を考えて他の世界に活路求めた結果が、見事知事に当選されました。
宮崎県知事選は、後に続く選挙戦を占う布石を織り込んでいたので、当選して一躍ヒーローに踊り出ましたが、落選したら地獄だったことでしょう。
もっとも彼のことですから、落選しても次期を狙ったことでしょうが、、。
官僚出身の前知事の不祥事が追い風になったとはいえ、なみなみならぬ彼の努力と知恵の賜物が、大きな波を呼び込みました。
当選後は半端じゃない注目度の中、鳥インフェルエンザ等苦しい問題を抱え、必死の形相で一つひとつこなしていますが、終始低姿勢の姿が好感がもてます。誰の目にも良く変わっていくのでは?と思わせる勢いを感じさせます。
が、ここで水をさすつもりはありませんが、今後ちょぴり不安に思うことがあります。それは〜
彼の人相を拝見していていて、特に目に付くのがあの大きな口元です。
大変な野心家の相です。
その野心がバイタリティーの源泉になっています。
野心と向上心がプラスに作用している今は大変良い事ですが、大波が去って落ち着いて来たら真価が問われます。
静かに魔が忍び寄って来ます。その折、金銭や地位と言う誘惑の落とし穴に、心が疼かないかと言う心配です。その辺を賢明に絶対注意して欲しいのです。
それと彼の目です(好色の影)。今独身ですから女性には特に注意です。今まで沢山の人が転げ落ちて行った現実を教訓にして頂きたいと思います。
いずれにしても魔の居場所はハッキリしています。知事の心の中に住んでいるわけですから。
大きな使命を担っているのですから期待を裏切らない、努力が水泡に終わらないよう切に願ってま〜す。
 
2007年2月1日
《 新しいチャレンジ 〜 詩 》
これまで詩というものに関心がなく、あまり読むことも無かったのですが、不思議なことに、急に自分で書いてみたくなって・・・。
今まで生きてきた証のような、時どきの心象風景を写したフィルムが、心の中にしまってあります。 これからも、たまにその中の一コマをひもといたり、今感じること等を、詩にしてみたいなーと思うのです。
二つ書いてみたら、(下手ですが、汗) 結構、愉しかったので・・・・。
☆ 夢のカケラ ☆
あの夢のカケラを捕まえなければ
破り捨てた夢のカケラ
風に飛ばされ 見えなくなる前に
逃げるたび、 狭くなる、 重くなる、青い空が遠のいて行く
ねじれて痩せてしまった夢 ,見るのも辛くて ,いっそ破り捨てていた
判っているのよ、何もかも、これでいいわきゃないことくらい
意志(こころ)が今は眠いと、ダダるので、ダダるので
なまった風が纏わりつく、乾いた喉が責め立てる
やめてよ、これじゃあ一歩も歩けやしない
逃げるたび、虚しさに、痛くなる、青い空が遠のいて行く
何度も同じ所に逃げていた、そこしか知らないお馬鹿さん、
とうとう来ちゃった、行き止まり
青い空を思い切り飛んでみたいよ
きっと飛べる!、さあ目を醒まして、外(おもて)に出よう
大きく羽根を伸ばして、鳥のように飛んでみるの
夢のカケラは、青空行きのチケットだ
風に飛ばされるその前に、あの夢のカケラ掴まえなければ、
もう、ひるまない、掴んだら離さないよ
信じた自分と、さあ飛び出そう
もうここには帰らない
もう帰らない
☆ ユートピア ☆
私の心の中に、美しく澄んだ湖がある
あまりに澄み切っているので、眩しくて入れない
酔いしれて、偽りの衣、脱ぎ捨てたとき
見えないと、諦めかけた希望(ゆめ)、微笑んだとき
切れそうに澄んだその湖に、私は泳いでいる
まだ小さいころ、何も覚えてないけど、
裸で気軽に、そこにいたような気がする
いつの頃からか、そこを飛び出し
虚構の巷、さまよって
気が付いた時、すぐには戻れなくなっていた
傷の数だけ着飾って、こころも身体も重くなり
もう飛ぶのは無理かと、諦めかていた
そんな時です、あなたと出逢ったのは、
そしてすぐに知ったのです、ここまで来たわけを
あなたの瞳(め)に、あの湖を見たからです
あなたの瞳が、虚ろに絡んだ心のひだを
一つ一つ解きほぐしてくれた
そしたら見えて来たの、湖への道が
今、私はあなたと湖にいます
あなたとなら、いつでも行けるその湖で
手を取り合って泳いでいます
 
2007年1月22日
《行き着いたところ,》
かねてから観たかった映画、クリント・イーストウッドの”硫黄島からの手紙”を、そろそろ落ち着いて来たのではと、先日観に行ってきました。映画館に足を運んだのは久ぶりです。
テレビや映画、書物でこの戦争を、知ってはいたものの、改めて映画を観た感想は、やはりやり切れないの一言でした。
と同時にこの時代に生きていなくて本当に良かったっと、思わず胸を撫で下ろしていました。
当然のことながらすぐ思ったのは、何故こんな戦争を?です。
欲とか面子?いえ、もっと深い我慢出来ないような事情があったにしても、命より大事なものはない筈です。
惨敗が判っていながら突き進むしかなかった、狂気の運命(さだめ)、ぼろぼろに砕かれ散っていった命〜☆。
硫黄島を見殺した東京にも、Bー29、広島と長崎には原爆が投下され、沢山の人の命が奪われました。
いまだに世界40数ヶ所でこのような愚かな行為が繰り広げられています。お互い顔や名前はおろか、存在すら知らない、個人的には何の恨みもない人間同士がです。
宗教や民族の違い、国の方針、格差に対する怒り等あるのでしょうが、被害者になったり加害者になったり、憎しみの連鎖を生んで、廻りめぐって行く国もあります
この世の生き物は、凡てが刻一刻と変化するもの、人の心もそうです。
時間がかかってもお互いにヒィフティーで、何度も理解し合うまで話し合えないものなのか?して良い戦争なんか、無い筈ですから。
幸い、ここ60年位日本は戦争が無かったので、殆ど戦争を知らない人の国です。
お陰で平和で衣食には困らない富んだ先進国、と言われる時代に生きている、戦争で犠牲になった人のことを考えれば、何よりこの平穏を感謝しなければ、と思うのですが、、。
現実は平和である筈の人の心が、どんどん荒んでいっています。
そう〜人を殺す武器こそ使わないけど、平和ゆえの熾烈な戦争が世代ごとに繰り広げられています。
昔と違った、何ともやり切れない荒廃した事件が起きていることでも判ります。
平和ボケして、考えても仕方のないことで悩むのか?ゾットするような暗い事件は幸せの副作用、それとも代償なのだろうか、、。
今、ふと思ったのですが、病気になった人が、辛い思いをし、大金を払ってやっと元気になりました、本人も家族も大喜び、治ったことに感謝した話をよく耳にします。それはとても喜ばしいことですが、
ちょっと待ってよ、本当に感謝しなければいけないのは、普通に元気でいることじゃないの?。痛い思いもお金も払わなくて元気なのだから、と。
そんな元気な人が、何も良いことが無いだの、人間関係で生きてるのが辛いだの、考えすぎたり、高望みしたりして悩み、ストレスが膨れ上がってしまう。
そこから暗い事件に繋がっていく、、、。
戦争の時と平和な時に、何やらちょっと似ているような気がします。
広い宇宙の中の一つの星である地球〜。
この星に存在する限り、生き物はすべて戦わなければ生きていけない、弱肉強食の世界です。
だからここまで生物は進化し発展して来たのでしょう、、。
でも現在は核の恐怖、温暖化、自然破壊〜法則を超えた兆候が出て来ています
こう言う負の財産は、いずれ未来を背負った子供たちに、どんな戦争よりも恐ろしい戦争として降りかかって来ることでしょう、、。
今度生まれて来る時は、沢山の星の中でも、戦わなくても成り立つ世界で、深い精神性に覆われた、境涯の温かい星に生まれた〜い。
”何を言ってるのだ、今迄何もして来なかったくせに!”と言われそう。
そんな凄い星に生まれるのには、世の為、人の為で生きなければ、とうてい無理なことなのでしょう、、、。
小さいことでも、少しづつでも、そのように心がけなければ、〜。
”硫黄島からの手紙”という戦争映画を観終わって、いろいろな思いが頭をよぎり、駆け巡った、着地がここでした。
☆〜この”硫黄島からの手紙”、アカデミィー賞に輝けば良いのですが、〜☆

2007年1月1日
《 幸せは、言葉から〜、言葉は生きもの、魔物です・・・・。》
最近、ええっー?と感心したのは、藤原紀香さんが結婚記者会見でいみじくもおっしゃった言葉、”一歩下がって、いえ三歩下がって着いて行きます”をテレビで聞いた時です。今どきそんな殊勝な言葉をいう女性がいるのかと、それも彼女は大スターさんです。
私は、勝手に描いていた彼女のイメージを反省し、、素晴らしい女性だと考えを改めました。
そういえばNGOで、彼女がアフガニスタンの悲惨な現地を取材しているところを番組で見たことがあります。
今思えば、勝手な想像ですが、その取材で彼女が人間として心に得たものが大きかったのでは?と、そして価値感も変られたように思うのですが、、。
話がちょっとそれましたが、ここ数年夜のテレビ番組は、結構お笑い系出演者とかバラエティーが多いのですが、それはいいのです。只、たまに見ていて、げぇっと思うのは、女性タレントさんの言葉の汚さです。どうにも気になってイヤなのです。
で、紀香さんの素晴らしさに触れたのですが、、、、、。
例えば、”君か、あなた”って言うところを、”お前”とか”こいつ””テメ〜” で、”物を”やつ”だし、”食べる”は”食う”、”同じ”は”タメ” 等々。特にお前、テメ〜は、やめて欲しいのです。汚い言葉は衰運を呼び込みますよ〜。
そのくせ自分の身内を、お母さんとかお兄さんさんです。普通、母とか兄でしょう、(これはたいした事ではないのですが)、と言いたくもなります。
汚い言葉を言えば面白くなるってわけでもなし、あくまで内容やセンスでしょう。若年層が沢山見ていることを考えても、業界用語かも知れませんが、ごく普通の言葉で話して頂きたいと思います。
☆言葉を大切にすることが、あなた自身を大切にすることに・・それが、幸せを引き寄せるのです☆
何故って、表情も、態度も、心さえも、凡て言葉によって変わるからです。
明るい言葉を言えば、顔も明るくなるし、汚い言葉を言えば、品のない歪んだ顔になる。聞いてる方も、悲しい言葉を聞けば悲しくなるし、怒鳴られれば、こちらも腹が立つ。
言葉は胸にぐさっと刺さったり、刺したりもする、その一言が狂気や凶器につながる。 喜びも悲しみもみんな言葉が原因なのです。
心理学者、山崎房一さん曰く
自分の考えを変えたいとき、努力しても心が変わらなければ、演技して言葉や行動を変えてみる、すると心は不思議にも変わってしまう、と。
心の持ち方よりも、まず言葉の使い方が大事です。
* 子供、恋人、旦那さん、奥さん、部下、自分さえも変わる、魔法の三つの言葉
〜 相手によって言い方を変えれば良いのです。
例 (母から〜 お子さんが変わる言葉) (1)・・・あなたが大好き 〜 お母さんは、あなたが大好きよ
(2)・・・私の大切な人 〜 あなたはお母さんの宝ものよ
(3)・・あなたの味方よ。 〜 どんなことがあってもお母さんはあなたの見方よ
心でいくら思っていても、言葉に出さなければ判らない。反対に心にも無いことを言っても、言葉は生き物、一人歩きして行く。
それだけ言葉にはパワーがあるのです。2007年、愉しい一年にするために、そこの所を心しなければと思うのでありま〜す。
 
2006年12月19日
《気まぐれな友人》
二週間くらい前の夜、この友人とは普通に別れた筈が、翌日から前触れもなくプッツリ音沙汰がなくなった。
最初は甘く見ていたのですが、只事ではないことが判り困り果て、心配したりイライラしたりする日が続いた〜
で、結論から言えば、今日やっと晴れて再会出来たのですが、、、。ほ〜っ!
思えば虫の知らせか何なのか、その数日前に突然思い立ち(遅い)、この友人との大事な内容をフラッシュ・メモリーしたのです。
何とか最悪は避けられて、悪い病気(ウイルス)にもかかっていなかったものの、原因不明((金属疲労?)でリカバリー。
メカに弱い私はメカの権化であるこの友人パソコンさまに、思いっきり振り回されて、辛い日々を送るはめになったのであります。
とは言え今は大事な友人、もっと勉強して今までより大切にしなければ、と反省した次第です(人間さまと同じです)。
出来ることならこれからは、どうかカンシャク等起こしませぬよう今しばらく、暖かい気持ちでお付き合い頂けますよう、願う今この頃です。
〜 以上、気まぐれ友人との予期せぬ出来事でした 〜
本当はちょっぴり心の荒廃について感じたことを書きたかったのですが、、いわく、
< 今に比べたら昔は何もなかったけど、ちっとも不便を感じなかった。
むしろ温かみがあったし、時もゆっくり流れて、もっと自然も周りも柔らかく包んでくれたように思う。
当然のことながら発展すればする程、失うものも大きい、やがて心身にじわじわ影響して来る。
そして機械的になってしまった日常は、価値観から情が削られていく。
今や携帯で束縛され、パソコンも云々 >
とそのような喜劇?を書くつもりでいましたが〜、そのパソコンで私自身が右往左往、少し落ち着いてからにしよう。

2006年11月6日
《知っておいて欲しい。》
イジメが深刻な問題になっていますが、何人か人が居る所、残念ですが大人の世界でも子供の世界でも、大なり小なり起こり得るものです。
大人と言っても、いろいろな知識や経験で気持の幅が広くなり、強くなってはきますが、基本的には子供が年をとっただけ、と言うところがあります。
その人間の気持ちって、攻撃と護りが表裏一体で存在するので、シチューエイションによっては、誰もがそのどちらにでもなり得る要素はあるわけです。
どちらかの気持ちでボルテージ上がった場合に、これだけは知っておいて欲しいと思います。
イジメられてる人〜
頑張って耐えていないで、誰かに相談しましよう!
一人で耐えていたら、地獄の世界に入ってしまいます。
絶望的になり、精神的に身動きがとれなくなって、人に話す気力もなくなり、死を考える、、、、そうなる前にぜひ!
自殺は絶対に駄目です! それこそ身勝手、自分を思ってくれてる人、(両親や友人)に対してあなたがする最高のイジメになります。
何もして上げられなかった、と言う責めを負わせ、悲しみのどん底に突き落とすわけですから。それも一生晴れないひどいイジメです。
幸せな人は陰湿なイジメをしません。何かいやなものを抱えて生きている人だと思います、だから人を傷つけたいのです。そんな人の為に死ぬなんて〜
そして死んで解放されるわけではありませんよ。この世から逃げたのですから、死後も辛いと思います。
強い気持ちを持ってください!☆ 今いる所は人生の中のほんの一部、月並みですけど、四季があるように、季節は変わります。
生きていれば良いことも沢山ありますよ〜♪。本当ですから。
イジメてる人、〜
嫉妬からか、ストレス発散からか、いずれにしても卑しい自分の気持ちを、自分が一番見ているわけですから、気付かなくても、心に刻まれ黒いシミとなって残ります
たとえからかいの気持ちからでも、次第にエスカレートして人を傷つけるようになれば、運をどんどん下げることになります。そしていつか傷つけた代償を、支払う運命が待っています。
イジメはますます自分を不幸にするだけです。
エゴに負けて、大事なものを捨ててしまったから、イジメが出来るわけです。いつか気付く時があったら、もう一度その大事なものを取り戻して、自分を人を大切にしないかぎり、幸せにはなれないのです。

2006年9月30日
《勝手に、気になること》
その(一) カット眉
今年の高校野球の、熱きヒーロ-達の去就が注目されたドラフト、
指名された選手達のアップの顔を見て、何故か一点だけに目がいってしまう、
いつも違和感を覚える〜 それは眉毛です。
お手入れで整えるのは良いのですが、眉によって随分印象が変わるので、目じりの剃込みや、地肌すれすれのカットは、ちょっと、ちょっと〜って感じがします。
何か薄っぺらな印象を抱いて、特に強さを追求するスポーツ人には、個人的に好感がもてません。
昔、極真カラテの創始者である大山倍達さんが、山にこもって修行する時、下山できないように眉を剃って入ったと聞いたことがあります。
眉は男らしさの象徴だったように思うのですが、、。
そこで意識して見ると、やはりと言うべきか、斎藤選手や田中君は、しっかりした意志の強そうな眉で、ホッとして又も好感度アップでした。
その(二) 秋色の唇
♪〜命短し恋せよ乙女、紅き唇あせぬ間に〜♪
昔そんな唄があったようですが、いつの間にか、唇はベージュに近い色もしくは、モノトーンの薄い紅色になってしまいました。
肌も唇もプチプチした若い女性には、それも流行りで素敵ですが、齢下り坂になってからは、あのトーンは反対したいのです。
まずセクシーさや華やかさが減少、疲れて見えたり、くすんだり、へたすると、どっか具合でも悪いんじゃないか、と思って見えたりします。
で似合わないように思うのですが、、、、私だけ?
フランス語で口紅をルージュと言いますが、ル−ジュの意味は赤だそうです。
高齢の女性が化粧気がなくても、唇に紅をさしていると、素敵だしお元気そうに見えたりします。
唇はやはり紅色にかぎると思うのですが、、、。
流行は円を描いてくり返すと言われます、その内また紅やピンク、オレンジの明るい春色が来る事を秘そかに祈るのみです。
2006年9月11日
《おめでとうございます〜☆》
9月6日、文字どおり秋〜、
秋篠宮妃紀子さまが第三子親王をご出産されました。
ご懐妊されてからは期待や責任等で、いろいろな思いをめぐらされたことでしょう。そして帝王切開という選択がなされ、本当に大変なことだったと思います。
それも一切感じさせないにこやかさ〜、
紀子さまは信念の強い方だと、改めて感心いたしました。
そして少子化が話題になっている現在、多くの女性に勇気と希望を与えられた 功績は計り知れません。
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◎ 帝王切開と言う言葉の由来。
王切開の起源は、古代エヂプト(紀元前3世紀)での記録が残っています。
帝王切開はラテン語で[sectio caesarea]と言いますが
[caesarea]は、切る、切り刻むと言う意味です。
これをドイツ語に訳す時、間違ってローマ帝王、ジュリアス・シーザー
と誤訳してしまい、それが帝王切開と言う言葉の由来になったのです。
もっとも帝王ジュリアス・シーザー自身が、帝王切開で生まれたから
と言う説もあるようです。
帝王とはシーザーのことです。
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12日は親王さまの命名の儀がありますが ○仁 とされるようです。
仁と言う字の意味、人を慈しみ思いやると言うところからのようですが、、、。
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◎ (仁) と言う字をつける慣わしについて
そういう決まりは特にないようです。
初めて(仁)が付いたのは第56代、清和天皇の(惟仁)から。
室町時代末期の第100代天皇、後小松幹仁「もとひと」天皇からは何故か、
暦代の天皇「男性」全員に「仁」と言う字がつくようになりました。
むしろ、その上に付く一字はいろいろ決まりがあって、当用漢字から選ぶ、
歴代の天皇、皇太子さまの名前と紛らわしくない字、
論語、四書五経から、意味深い字を選ぶことだそうです。
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皇太子さま、雅子さまに今、思いを馳せると、ちょっと複雑な気持ちになるのも事実です。(皇太子一家のファン。)
特に愛子さまを初めてテレビで拝見した時、感激したのを今でも覚えています。 顔立ちが普通のお子さまとは違うように思いました。
生まれ持って備わった品性と言いますか、お小さいのに神々しく別格の感がいたしました。
小泉総理が愛子さまを意識して、女性天皇容認を強引に推し進めようとされたのも、同じように稀有な品性を感じられたのでは?
有識者の結論も賛成が多かったようですが、皆一様にそのように思われた部分もあるように思います。
皇太子さま、いろいろな思いや流れの中に於かれても、本当によく頑張っていらっしゃる、今回あらためてそう思いました。
ご存知の方も多いと思いますが、両妃殿下の旧姓を横書きしました、上と下の段(お二人の名前)を、交互に一字おいて、読んでみてください。又お二人の名前になります。
( 小和田 雅子 )
お わ だ ま さ こ
( 川嶋 紀子 )
か わ し ま き こ
特別の縁で、お二人は結ばれていらっしゃるように思われます。
今迄もそうですが特に今後、皇室の将来の要であるお二人が、強く心を結ばれ、佳いご関係で歩まれたら、憂いはなくなると思いますが、、、、。
 
2006年8月7日
《大事なもの、探し、、。》
亀田興毅選手の判定勝ちのジャッジに、日本中から非難が凄かった。
この判定で今、一番傷ついているのは、亀田選手本人だと思う。
人の気持ちの儚さ、移ろいやすさ、冷たさを、ゾっとするほど感じているのでは?
あれだけの大口を叩いてきたのだから、天才的に強いと信じさせられたのだから(あの視聴率はそのお陰)、それが想像もしない結果で、誰もが裏切られた思いを強くした。
大口をはたこうが何を言おうが良いですけど、礼儀だけはきちっとすべきだった。それに対して反感を持ったひとも多かったと思う。
四角い神聖なジャングルの中、二人でドラマを命懸けで作っていく相手だから、尊重する気持ちだけは持って欲しい。”お前なんか、この野郎”では、単に喧嘩をしているだけでしょう、になってしまう。
今回の残念な結果の奥底にある一番の問題点は、お父さんの目にあったように思う。
対戦相手のランダエタ選手を観察に行った後の開口一番が ”ナンもないよ、あんなん弱すぎるわ、話にならん、身体も云々〜 と、ボロクソだった。
圧勝だなと誰もがそこで信じた。
一体何を見ていたのだろう?と、今になって思う。芯を見抜けなかったことが敗因に繋がったように思います。
お父さんのその言葉で、亀田選手もたいしたことない、と言う油断がどこかに出来てしまったのでは。1Rでいきなりダウンを喫したのが何よりの証拠です。
94%の人がランダエタ選手の勝利と言っている以上、今回の試合は
亀田選手でいる為には、失敗だったと思う。
ボクシングの、世の中の、恐ろしさ魔物の存在を新めて味わった筈です
まだ19歳、これからの亀田興毅選手にとっての、人生を失敗をしない為の、今回の失敗だったと思う。だから無駄にはしない、そういう意気込みで頑張って欲しい。
強気の言葉を聞いても、何か寒い、見てしまったんだという思いがあります。だからこそもっと強くなって、プロとは結果が凡ての世界、真の王者を目指して欲しいものです。
 
2006年7月14日
《プロフェッショナルとは?》
早いもので’06年も半年が過ぎ、折り返し地点を歩み始めました。
いろいろな出来事が次々に起こりましたが、そんな中で最近ふと考えさせられた言葉、プロ 、そう〜プロフェッショナルとは?一体何ぞや、と思ったのです。
いみじくも”プロ中のプロの自分が” と逮捕直前に語った村上ファンドさん
、本当のプロであるべき金融界に於いての日銀総裁、
ワールドカップの代表選手、(FIFAランキング49位に転落)
野球界の象徴、ジャイアンツ、プロゴルフ界の卑しい事件等など。
本来、夢や期待を背負ったキラ星のような存在であるべき人達の、あまりに違う現実を見るにつけ、裏切られた思いは否めません。
巨額の富の代償がこれでは、義務を果たしていない裏切り行為と思えて来ます。
プロと言う言葉の定義は人それぞれですが、堅苦しく言えば、
信念、ぶれないビジョン、期待に応える,等、
その為には、技、情熱、誇り、責任、を持つ、とても凡人には難しいことです。
そして極め付きを言えば、過程はどうであれ結果が凡ての世界です。
先日プロゴルファーのタイガー・ウッズが、テレビのインタビューでのこと、
”毎日朝5時から14時間の練習は欠かさない。勝負だから相手をぶちのめしたいんだ。それでもいつか勝てなくなった時、その時は〜さあ荷物を片付けて家に帰ろう、〜と自分に言い聞かせます。” と答えていました。
自分の居場所はもうそこにはないということでしょう。
誇りを持った、これぞプロとしての生き方が凝縮されているように思えました。
サッカーの中田英寿選手が、プロからの引退を発表しましたが、心技体がプロスポーツ界の条件であるならば、技体は申し分がないわけですから、完全を期す彼の心が限界に来たのでしょうか?
何をしても似合いそうですが、それでもサッカーをしている時以上に彼が燃えることはないような気がします。
それにしてもあの眉、左側が三分の二くらいの所に切れ込みがありますが、
何度見ても気になりますねぇ。
今後の日本を左右する政治の世界のプロである国会議員の先生方達〜、
今、すぐ近くからテポドンが飛んで来たり、中国、韓国との不穏な空気、
一人当たり600万円の借金を背負って、これから日本はどこに行こうとしているのでしょうか、、、、?
まさにプロとして真価を問われる時です。知恵と情熱を持って、真剣に取り組んで頂きたいものです。
もっとも先生を選ぶのは私達だ。と言うことは?
 
2006年6月19日
《どの国も素晴らしい》
このクロアチア戦は勝って欲しい!、これで終わりでは消化不良、と誰もが思ったでしょう。
そんな気持ちで前日占ったので、ちょっと違いましたが、決っして負けたわけではないのが救いです。
感情移入が強いとそんなことがあります、反省〜です。
と言うことで、来るブラジル戦は無心で観戦したいと思います。
☆ ところで次の相手、優勝候補NO、1のブラジルですが、統計学的に見ますと、優勝は無いようなのです。と言いますのは〜
過去、開催国が6回優勝していて確率は約37%ですが、
◎ 大陸別で見た場合〜
過去アメリカ大陸で5回行われていますが、実に総て南米の国が優勝しています。
◎ 欧州でも5回行われましたが〜
4回が欧州の優勝でした。唯一、スウェーデン大会で、スウェーデンは決勝まで進みながら、最後に5対3でブラジルに負けたのです。
大陸的には開催国優勝の確率はナント93%!近くになります。
と言うことは、今回はドイツ大会、優勝は欧州のどこかの国に〜?
〜〜^^〜〜〜^^〜〜^^〜〜〜^^〜〜〜^^〜〜〜^^〜〜〜〜^^〜〜〜
☆ 総裁の 粘り見習え ジーコJAPAN (TBSラジオ川柳より)
 
2006年6月17日
《☆気持は一つ》
オーストラリア戦は実に残念な結果に終わりましたが、これが選手の気持の結びつき、絆を強くしてくれたと思います。
勝負は時の運、とも言います。理屈や常識では計り知れない相性や”SOMETHING”があります。この期に及んで選手や監督の批判などしないで、信じましょう。
来る18日のクロアチア戦は勝ちます!
占ってみますと〜。
とにかく動く、積極的に動くなかで勝利を得るとでました。そして計画性、負けないというファイトが強ければ成功を呼ぶ、と。
ちなみに前回のオーストラリア戦は、今迄の努力で実力が付いてきたが、結果が出るのは、もう少し後〜でした。
☆ 余談
ワールドカップについて〜。
スポーツ界最大のイベントでオリンピック以上のようです。
世界中にその両方がテレビ放映されてますが、2002年日韓開催のときの視聴率をあげれば、ワールドカップは330億〜350億の人々が、オリンピックは推定200億、ということで、如何にワールドカップが凄いかが判ります。
4年に一度開催されるようになったのは1930年ウルグァイ大会から。
日本も1954年から予選に参加、1993年日本にプロサッカーリーグ誕生する。以来外国人選手の参加もあり急速に発展して今があります。
今回で18回開催されてますが、開催国が優勝する確率が高く、過去6回あります。
 
2006年6月7日
《何か変だと思った答え》
一昨日、村上氏は自から仕掛けたニッポン放送株のインサイダー取引で逮捕された。直前の記者会見の内容が、後で本人の本質を透かして見せて来れる結果になりました。
平静を装いながらも、思考回路が尋常でなかったことが、すぐバレてしまう嘘でみてとれます。
日本の資本主義を変えたい、阪神や松坂屋に向けて改革や株主の正義を熱く語っていましたが、今ふと昔聞いたことがある、実在した説教強盗の話を思い出してしまいました。
泥棒に入った家で、戸締りが悪いから狙われる、こうしたらいい、ああしろ等と散々説教した挙句、強盗はお金を奪って逃げたそうです。
とはいえ、ホリエモン氏、村上氏の登場は、今の日本にとって大きなプラスだったと評価する人も多いです。
二人の功罪は、企業にとっても、これから大志や野望を抱いた若い人達にとっても、貴重な教材そのものになる筈ですから。
それと、額に汗して働く人から見れば、と二人の生き方を云々される人がいます。
確かに身体は汗しないかも知れませんが、それはそれで神経的には汗ぐっしょりなタイトな仕事しょう。
発展させる為に常にアンテナを張り巡らせ、勘を磨きあらゆることを想定する。
危険も隣合わせで、判断を間違えれば、(今度のようなこと) 徹底的に調べられ、挙句が人格が変わりそうな地獄の拘置所にも行かなければなりません。
その上、桁違いの収入あるいは金銭の取り扱いは、余程精神がタフな人か信念の強い人でない限り、少しずつ精神が蝕まれ、価値観も麻痺してくるのではと思えるのですが、、。結果ルールを犯すことに。
得たものが大きければ、失うものも大きい、、 人も離れていく、、、。
結論、☆ 悪は栄えない〜。
 
2006年5月30日
《影にいる人は?企業はどこですか?》
先日テレビで星野阪神タイガースSDが、怒りの発言をしていましたが
曰く”その内天罰が落ちるよ”そう言わしめた村上ファンド、かまびすしく毎日その動向が報道されています。
一時はタイガースフアンの思い入れ、名称に対するプライドに、土足で踏み込んで来た感があり、怒りを買っていましたが、星野SDの言葉に溜飲を下げた方も多かったのでは?。
眉頭を寄せて、あのどんぐり目を動かしなが関西弁でまくしたてる村上氏、目の表情は落ち着きがなく、本当は気が小さい人なのかも知れないと思わせます。
株を大量に買い入れ、いろいろなロジックを展開し、その会社の経営参加をもちらつかせ、高値で売却し多額の利益を獲得する、今回の阪神株でも最低500億円近い利益とか。
まだまだこれからです。TBS,,松坂屋、ユーセンの株も大量に保有しているわけですから。
そこでいつも思うのです、この天文学的金額を投資し支えている人達、あるいは企業は、どこなのか誰なのか?、、、と。
そういえばオリックス社だけは紙面で読んだ記憶があります。さすがに最近村上ファンドから手を引いたようですが、、、。
球団を持っているのですから、やっぱそれはまずいでしょう。
今までも含めて影で村上氏を動かし、巨額のお金を手にしてほくそ笑んでいる人達、涼しい顔して我知らずの態度をとっているようで、ハッキリ見えて来ません。
勿論、合法的にやっているわけですし、誰だって資産を活用し増やすことを考えるのは、当然のなことなのかも知れません。それに狙われた企業は反省点、又活性化することだってあります。今回の阪神電鉄も阪急と統合して、大きく発展する要素も沢山あります。時が村上ファンドを高く評価するかも判りません。
が、それでも何か変です。納得出来ないのです。本当に好きになれない村上氏、それと影に隠れている人達は、なおのことです。
 
2006年5月13日
《 強い人、☆期待できる人は?〜》
九月の総裁選に向けて、このところいろいろと取りざたされてきました。
現在のところ、安部さんと福田さんが有力視されいて、次いで麻生さん谷垣さん、昨日は河野太郎さんも出馬表明されました。
それにしても殆ど二世議員だ、そう〜現総理小泉さんにしてそうでした。
それが悪いというわけではないのですが、彼らに本当の庶民の感覚が判るのでしょうか?皆お金持ちそうだしぃ〜なんて考えたりいたします。
反面、我々庶民の判らない苦労という物もあるのでしょうか、、、?
選挙はやってみなければ判らないそうですが、自民党ではどちらかが降りない限り、最終的に安部さんVS福田さんの図式になることでしょう。
いろいろの問題がある中、今誰もが一番危機感を持っているのは、アジア外交問題ではないでしょうか?
反日感情から靖国問題に起因して、今やぐちゃぐちゃになっている状態で中国との尖閣諸島、韓国との竹島問題など一発触発の感すらいたします
それぞれの国での歴史解釈が違うのですから、言い分がまったく違うわけです。韓国など国民的に関心が日本に比べて強いから、いきおい中国もそうですが積極的に推し進め、日本は後手後手にまわった状態です。
それに今まだ進展しない北朝鮮問題があります。
次期総理には、そこんところ何とか良い方向に持って行ける考えや、行動力を持った強い人でないと困ってしまいます。
私個人としては、芯が強そうで何より靖国参拝に否定的な福田さんに、期待したいと思ってしまうのですが、、。
とはいえ、来年の選挙結果いかんでは、小沢総理誕生も有り得るわけですが、小沢さんも靖国参拝に反対なので、今よりアジア外交が悪くはならないでしょう。
アメリカとしても、日本がアジア諸国と上手くやってくれなくては困ると思っていることでしょうし。
そのアメリカさん、基地移行で3兆円云々を払え、少し前は日本の国連常任理事国入りに、NOを出したのですから、本当の日本との関係、深層はどうなっているのか? 不思議です。
先日テレビでのアンケート情報で、戦争が起きるのではと不安を感じていると言う人が、50%近くいたのには驚きました。
あちこちの国で核兵器を保有している現在、無くした方が良いと気付いても、捨てるのはもっと危険、 平和をみんな望んでいるのに、、、。
とりあえず、日本を良くしてくれる総理大臣が誕生したくれますよう祈るのみです。
 
2006年4月13日
《春、ちょっと嬉しかったこと》
一年くらい前にメールで占いの依頼をいただいた自称”マリモ”さん,それ以来たまにその方から、ちょっとした悩み事を書いたメールが届くようになりました。それが一ヶ月ほど前のこと、その彼女から〜
< とっくに亡くなったと思っていた叔母さんが、実はどこかで
生活保護を受けて生きていた。が最近心筋梗塞で亡くなった
ので葬儀を出して欲しいと区役所から連絡があった。
他の親族は逃げてしまい、自分も殆ど会ったことがない人だし
大変なことになりました。>
と言うような事が書かれてありました。
私は
< 縁のある方なのですから
あなたは、冥福を祈って、お送りしてあげてください。
大変でしょうが、良い運を作るチャンスです。
こんなことをやらされて、と思わないで、
善根を積めるんだ、そういう風に気持ちを切り替えて
みてください。
もうすぐ春、いいことがきっとありますよ!>
と書いて送ったのです。
それっきり連絡がなかったので忘れかけていたら、つい最近彼女からメールが届きました。
< 役所や病院の方の協力で何とか葬儀ができました。
それが驚いた事に、最後に役所の方から思いもかけない大金を
その人の残した残高250万の通帳を渡されました。
葬儀を出したあなたの物です、と言われて。
もうビックリしてしてしまい、アドバイス有難うございました。>
と言うようなことが書かれてあった。
メールだけで一度も会ったことがないマリモさんですが、何だか私まで嬉しくなりました。
情けは人の為ならずです。
人に尽くす行動が、自らの思いがけない幸せや、可能性を広げてくれるものなのですね〜。.
 
2006年3月4日
《夢を掴む人》
冬季オリムピックの華、フィギュアースケートで金メダルがとれて本当に良かった。惜しかった競技もありましたが、殆どは世界との力の差を見せつけられることばかりでした。
荒川静香さんの演技は勿論のことですが、コスチュームも良かったと思います。
ハイカラーのデザインは彼女だけだったように記憶していますが、ピーっと筋が一本通った感じで、演技も大きく見えました。
色も赤と翌日はヘブンリー・ブルー(ブルーは歴代の優勝者の多くが着用)パワーの強い色だし、格調があり清潔感もあってとても良かった。
行く時は数人の見送りだけだったそうですが、帰りは日本中が彼女を待っていました。当然のことながらテレビで何度も彼女の軌跡が映し出されました。今度の栄光に至る迄の努力と挫折の歴史〜。
スケートが好きだという情熱と負けん気で、死に物狂いで頑張って来られた様子が判ります。
簡単に”判ります”等と、すぐ挫折してしまう私が言うのもおこがましいのですが、、。
よく人間には無限の力が秘められていると言われます。それはそうだけど、それにブレーキをかける諦めの心や弱い気持ちのエクスキューズも無限についているわけで、そこが運命の分かれ道、それに打ち勝つ方が大変です。
辛くて止めたいと思ったり、誘惑も一杯あって逃げたくなったこともあると思う。
意志の強い人は結局自分からは逃れられないもの、
だとしたら、夢を実現させていく努力は自分で作るしかない、ホントただでは幸福にはなれないんだな〜と思います。
でも、これで終ったわけではなく、輝かしくも重い金メダルを抱いて、又新たな始まりでもあるわけです。強い彼女ならきっと更なる幸せを築いていくことでしょう。
残念だった、村主章枝さん安藤美姫ちゃんも、今度の結果はこれで良かったんだ、と前向きに捉えて欲しい。
いつか、あの時があったればこそ、今の幸せな私があるんだ、と言える日のために。
 
2006年2月1日
《伝説の人》
日本で今、この瞬間生きている一億一千万人の人の中で、伝説の人として後世にずーっと名を残すのは、小泉さんでも経団連の奥田前会長でも、ましてフジテレビの日枝会長でもない、堀江貴文さんでしょう。
意外性と期待性、大胆でもろい光と影、ドラマティックな要素が短い期間でしたが凝縮されていましたから。
いろいろ書かれているけど、本人不在の欠席裁判なので、本人の声を聞いた上で解釈したい。
それにしても〜ふと思う、ホリエモンさんは実はお金を憎んでいたのでは、と、、。
小さい時一番欲しいもの、それは母親の愛情、本能的なものです。まして彼は一人っ子です。
当時、”趣味、お金集め”と書いたと言われるているのは、彼の精一杯の抵抗だったのでは、という気がして。
お母さんが、仕事人間、外が多い人で金銭にもシビアーだった、と書いてあったのが真実だとしたらですが、、、、。
どんどんお金を作り時価総額一番になる彼の野心は、社員、株主の為をも考えていたのでしょうが、奥底には子供の頃からのお金に対する復習心があったのでは、と思ってみたりします。
彼は唯物的な人ではないように思うので、お金の虚しさを知っていた筈です。
そしてお金で自由に羽ばたくつもりだったのが、どんどん不自由になって〜
宇宙に目を向けていったのは、勿論ビジネスとしてもあるでしょうが、どこかで昔から心の救いを宇宙に見ていたのかも知れない。
 
2006年1月22日
シリアス・ヒューマンサスペンス
《”ホリエモン劇場” 作、演出・出演・ ホリエモン》 ー第一部の終焉ー
◎ このブログに書いた、今を予兆させるホリエモンさんへの言葉の検証 ◎
去年の3月27日に書いた”拝啓ホリエモン様、野次馬より” から
当時の風潮は平成の信長をなぞってましたが
〜それにしても忘れてはいけない、と思うのは信長の最期です。
天下統一を賭けてる最中、得意満面怖いものなしに見えた時、あまりにも 凄惨に、突然最期はやって来た〜
〜32歳のこれからのホリエモンさんにあえて余計なふた言を、、、
それは、 若くから成功して行く人の共通点は ”老人キラー”だというこです。これは必須条件です。
後出しジャンケンの楽天オーナーのキラーぶり、あの口の悪いナベツネ元巨人軍オーナーが、いたく可愛がっていらっしゃることでも判ります。
それと、お金では買えないものが大事、命とりになることがあるということも〜
経団連に加盟されて、老人(お偉いサン達)キラーになられたと思っていましたが、遅すぎたのか今度のことでホリエモンさんアレルギーの方が、まだまだ沢山いらっしゃったことが良く判ります。
あまりに強引で急ぎ過ぎた為か恐怖からか、はたまた嫉妬?、、、。
お金では買えないものとしては、心、人間としてのモラル、が大事。醒めた感じからして、そのへんだけが欠損しているように垣間見えました。
10月5日に書いた、ホリエモンさんに対しての思い
〜と言うわけで名声、地位、財産を獲得されてきましたけど、(羨ましい)戦いの毎日はこれからも続くわけで、それもますます巧妙かつ激しくなっていくのでは?と容易に想像がつきます。
生きとし生きるもの凡てが戦っている、とは言え、得るものが大きければ失うものも大きいと言います。それを考えると、凄い人たちですから、この先本当の人生の満足は訪れないのでは、と考えてしまいます。
それどころか、エスカレートしていく中、いつの日か自分の心の中に住む、ここ迄引っ張ってくれていた魔物に、食い殺されたりはしないだろうか?な〜んて心配などしたりして、”ご無用!”と怒られそう〜。
エネルギー源になっていた魔物(野心)に、結果的に本当に食い殺されることになってしまったわけです。
◎今度のことでふと頭をよぎったのは、高木あきみつ著の”白昼の死角”と言う実録をヒントに書かれた小説です。
小説の中身は、終戦直後、東大生他数人で興した”光クラブ”の面々が、詐欺のような法と法の盲点をついた破天荒な金融荒稼ぎをし、結果的に主人公一人だけが生き残り、後の二人だったか三人だったかは,凄まじい死に方をするのですが。
初めて読んだ時のショックは今でも覚えています。
いずれにしてもその本を読んで知った事は、荒稼ぎをすると言うことは頭脳、精神力、体力が要求される、命がけの仕事だと言う事です。結果的に割りの合うものではありません。
今から思えば、ホリエモンさんもそれを強いられていた筈、内容も時代背景も違いますが、あの肥り方はストレスからだったのでしょうか?
◎ホリエモン劇場の第二幕がこれから始まるわけですが、作、演出は本人が出来なくなったのが、何ともやり切れない思いで淋しさを覚えます。
捜査が終わり決着がついた後、
ヒューマン・ドキュメント、再生の第三幕が始まります。それに期待したいと思います。
◎少し淀みかかっていた経済界に彗星のように現れ、カンフル剤的役割を果たしたことは紛れも無い事実です。
活況を呈する引き金になりました。若い人たちに勇気を与えました。
反面、彼を信じた人達(株主を含め)を、結果的に裏切ることになってしまったi今、彼が一番辛いのでは、、。そう〜今、世界一淋しい男かも、、。
◎個人投資家に批判的なことを言うコメンテーターがやたら多いようですが、ほどほどであれ |